2008年06月29日

(I can't get no)Satisfaction

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どすこい喫茶ジュデーム…と書いてある。読んだだけかー!ズコーッ!
(本文とはまったく関係ありません。そして何て書いてあるか知りません)



この旅の中で、絶対に守らなくていけないことは
「3月5日のカンボジア・シェムリアップ空港発の飛行機に乗り遅れない」と言うことだけ。
それ以外であればどの街に何日居ようと何をしようとしったこっちゃない。

ただ「やらなくてはいけない事」と呼べるものがあるとすれば2つ。
1つは鹿田に頼まれた、今夏に発売されるa million animalsのCD用に使える写真を撮る事。
もう1つは我がANIから「タイパンツを買ってきてくれ」と頼まれた事。

タイパンツって何じゃらほい?と言う方々はタイだからムエタイの選手が履いてるアレか?
って思うでしょ。そうではない。そんなもん買ってどーするんですか?あれですか?
あなたはアホですか?少しは考えてから発言したまえ。
ようするにタイで売ってるクソ安くて、生地がオカモトぐらいクソ薄いズボンの事だ。
柔道着みたいに腰ヒモをギューンと縛るヤツで、こいつが夏場の寝間着にE!E!気持ちイイ!

我が家でも、ANIが留学先の豪州から持ち帰ってきたので(何故、豪州まで行って土産が
タイパンツなのかは理解に苦しむ)兄弟仲良く1本づつ所有して「うっひょー。楽ちーん」と
飛んだり跳ねたりしたのだが渡航前に、お前タイパンツの本場(?)東南アジア行くんなら
もっと買って来いやーい。ANIにワイングラスを突き付けられ、これを承諾。ルネッサーンス。
御代として300円握らされた。


早速、衣料品店が集まっているらしいオルセーマーケットに足を運ぶ。
外から見る限り、あの恐怖のセントラルマーケットよりかいくらか小じんまりとしている。
戸塚駅前の西友(R.I.P)ぐらいか?中に入ってみると3階建てになっていて
上から下まで隙間無く商店がひしめき合っているが当然の如く冷房なんざ皆無。
建物に入れば強烈なムシ暑さから逃れられたと思ったオレが甘かった。

1階、2階部分は「あぁ、汗ばむわー」と山田花子フレヴァの暑さだったが
最上階3階の最深部に辿り着いた頃には、酸素も薄くなり、頭がクラクラする。
満員時の西荻ワッツ(こちらもR.I.P)を彷彿させる灼熱地獄。
「もうタイパンツはイイからここから出して下さーい。助けて下さいっ!(セカチュー)」
ひとり阿鼻叫喚!蒸し焼き寸前で脱出。カイカイ!


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途中で出会った薔薇のない花屋。アヴァンギャルド。



昨日そのあまりの圧倒的な存在感に怖じ気づいて撤退した難攻不落のセントラルマーケット。
入り口付近に溜っているトラックと露店の間を電光石火でくぐり抜け
ハンモックを執拗に売りつけようとしてくるおっさんを投げ飛ばし
通路のド真ん中で座り込んで野菜を売ってるおばはんを蹴り飛ばし
辿り着いたマーケットの中心点はドーム型の吹き抜けになっていて意外と開放的。
その周囲180度は宝石や時計などの貴金属を取り扱っているオレにはまったく縁のない店だらけ。
店員と目が合う度に「オニイサーン、宝石買ワナイ?」と声を掛けられたが
ノーサンキュー!オレには『豚に真珠』さ。誰が豚やねん。やかましわ!パンダPで切り抜けた
ロレックスの偽物でも買おうかと思ったが、田園調布に家が建つぐらいの値段だったので辞めた。

ここでもタイパンツは見つからず、代わりにコットンシャツとカンボジア名物(なのか?)
ヤモリのアップリケがぶっきらぼう付けられたポーチを購入。どちらもメイド・イン・タイランド

どうでもイイ話だが、ここプノンペンにはヤモリがそこらじゅうに居る。
ガキの頃からカナヘビを追いかけ回してたオレ的には若干テンションもあがるが
あのスーパーお洒落なFCCの壁一面にも数十匹のヤモリが張り付いていたのには驚いた。
にも関わらず、現地の人はともかく、欧米人達もまったくのノーリアクションだったのは
なかなかシュールな画だったな。まぁヤモリがいる=不衛生なんて考えが無いのだろうか。
まったく正論である。オレもBOY-KENには同意見である。
でもそーゆー爬虫類系が苦手な日本のギャル達があの光景見たら
悶絶してヘソまで股間が裂けるんじゃないだろーか?まっ、どうでもいいんですけどね。



ハッピーハーブピザで昼食を。

「ティファニーで朝食を」じゃないよ。
「ハッピーハーブピザで昼食を」と書くと、なんだかカオスな感じがするのはオレだけか?
ハッピーハーブピザって何じゃらほい?素人だと思ってナメとったら殺すど!と怒れる方々へ
読んで字の如く「ハッピー」になれる「ハーブ」がかかったピザが食える店だ!
ウッヒャー!オメメガマッカッカー!っつう事でバックパッカーの間じゃけっこう有名店。
ハーブをピザに乗せて喰らうとは!そこからすでに着眼点が違う!発想が違う!クリエイティブ!
しかもカンボジア国内でチェーン展開してるぜ!


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つうワケでジャムトーストとバナナシェイクで昼メシは済ませ(なんか文句あっか?)
夜のプランを思案中ってわけ。時間と期待感だけはたっぷりとある。
昨日のSATSUGAI寸前までこの街を徘徊した結果、ホーチミンのデタム通り周辺のような安宿街が
存在せず安宿、食堂、市場は各地にバラバラになっている事が分かった。
ついで街の大きさと観光スポットもぼんやり把握した。これから行けそうな所は以下3つ。
トゥールスレンに収容された人達を処刑&埋葬した地・キリングフィールド。
スモーキーマウンテンと呼ばれる世界最強レベルのゴミの山withスラム。
戦場カメラマン・沢田教一氏がクメールルージュに狙撃されて土砂降りの雨の中、絶命した道端。

どれもプノンペンの郊外にある為、徒歩で行くのは極めて困難。と理由をこじつけ全て断念。
本当は「戦争」や「貧困」などカンボジアが抱える暗部をコレ以上見るのはもうまっぴらだった。
オレのようなゴボウ野郎のキャパシティじゃあ、トゥールスレンでいっぱいいっぱいです。
あぁ不甲斐無い。じじいのファックの方がまだ気合いが入ってるぜ!


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王様が住む王宮に行くも、入場料取られるため、見ーてーるーだーけー。



「『そうだね、光が好きなんだね。つまり、闇を見てしまったんだね』なんつって…」
戻ってきた薄暗い部屋のベッドのうえでパンチラインを口ずさんでるウチに寝てしまった。
TVも付けっぱなし、靴も履いたまま、かなり熟睡しちまったようで。時計を見ると4時。
4時?夕方なのか朝方なのか分からん。やっぱり窓が無いと不便だな。
重い足取りでゲストハウスの玄関まで降りて夕方の4時と知る。そのまま晩飯を求めて街に出る。


エアコンが効いている、ただそれだけで「スゲェ!ここは未来か!」と感じてしまうのは
心身共にマヒしてきている証拠か?西の都に来た悟空の心境だ。
ソリヤショッピングセンターと言う地方のジャスコぐらいの規模のデパートにメシを求めて来たが
フードコートには美味そうな店は無い(1軒だけ佐世保バーガーならぬカンボジアバーガーと言う
謎のハンバーガーが売っていたのはちょっと興味あった)
だったらスグに退店すればイイんだが、エアコンが効いてるので
ありがたく涼ませてもらいながら店内をウロウロ。


最上階はゲーセンになっていて、日本と同じように若い連中が騒いでやってるゲームは
タイムクライシスや鉄拳2などナムコ製品ばっかり。グランツーリスモもあったかな。
女の子がうつつ抜かしてるのはプリクラとコレも日本と同じ風景。
ただプリクラの場合、日本とちょっと違っていて、シールが印刷されて出てくるのは、
プリクラ本体の横に接続された普通のエプソン製のプリンター。
でそれをカットするのは、されに横に置いてある、あのどデカいカッター。
あれ名前何て言うんだ?学校でプリント切る時に使うギロチンみたいなヤツ。あれね。
1枚シール作るのもめんどくせーなー!


1Fと2Fは衣料品店がびっしり。オシャレな女の子もんばっかり。
さしずめプノンペンのルミネと言った感じか?タイパンツなんてイモなものは当然無い。

3Fには黄色と赤の看板のCDショップ。プノンペンにもタワレコが?と覗いてみると
まったく関係ない中華系の店だった。CDだけじゃなくてDVDやPCソフトも…
もとい、CDだけじゃなくてDVDやPCソフトの海賊版も豊富に取り揃えていて
アップルのロゴの下に「WINDOWS VISTA」と書いてある正体不明のOSソフトなど
非常に楽しませてくれるイキフン。つうか雰囲気。つうかフィーリング。

こりゃ土産になるかもしれんと海賊版DVDを探すが、洋画はホトンドが日本では見れない
リージョンコードやPAL方式だったり、字幕がフランス語と中国語だったので断念。
それじゃあ邦画だったら字幕関係なく見れんじゃねーかと探しまわると
何故かアダルトコーナーの棚にちょろっと置いてあった。なかなかの品揃えで
「天然コケッコー」と在るはずも無い岩井俊二の監督作品集(7作品DVD3枚組)を
それぞれ2ドルと4ドルで購入。熊田Y子のイメージビデオも売っていたので手に取ってみると
裏ジャケはまったく関係ないVシネだった。意味がさっぱり分からん。こわいよう(くまえり)
これも買っておけば良かったなー。

レジの姉ちゃんが何か言って来たが、まったく聞き取れない。ドゥビドゥビWhat?
英語かカンボジア語か中国語かすら分からない。
「ポイントカード持ってるか?」と聞いてるのかと思ったが(©ハチミツ次郎)
結局最後まで分からずじまい。きっと彼女が喋ってたのはハナモゲラ語だったんだろう。


いくら海賊版のDVDを安価で買った所で、荒んだ心を満たしてくれず。
それに同調するかのような、今にも落ちてきそうな空の下で考える。
この街でホーチミンの熱い夜を彷彿させてくれるものは見つからないのかも。
結局、それはカバンの中も机の中も探したけれども見つからず。
ホーチミンと比べる事は良くない事は分かっているが、どうしても比べてしまう。
トゥールスレンを出てから、いや、最初にこの街でコーラを頼んだ時から
抱いてた違和感と言うかモヤモヤした感じもずっと残っている。


「もうシェムリアップまで行っちまうか…」ふと、そんなことを考えた。
確かにこの街に何日いなくてはいけないと言うルールはない。気に入らなければ移動すればいい。


シェムリアップに行けば、ホーチミンで別れた2人に逢えるかもしれない…。

しかし、シェムリアップまで行った所で彼女達に逢える保証はどこにもない。
泊まってるホテルも知らない。いくらここプノンペンより小さな街だと言うても、
世界中から観光客が集まる世界遺産アンコールワットのお膝元。カンボジア最大の観光都市。
逢える可能性はかなり低そうだけど。賭けてみる価値もありそうだ。
なにより、こんな鬱蒼とした気持ちで、あんな殺風景な部屋にいるよりはイイだろう。

夢の中へ夢の中へ行ってみたいと思いませんかー。フフフー!
とにかく前に進もう。every little step!!


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2008年06月17日

Beetlebum

ただでさえ喧しい街なのに加えて隣にバックパッカー界の巨星ゲストハウス「キャピトル1」が
君臨されている為、長距離バスが引っ切りなしに到着&出発。
乗り降りする旅行者たち、群がるトゥクトゥクやらバイクタクシー、物売り、物乞い…
なんだか分からんがそこにいる人たちとホーチミンに負けず劣らずの喧噪…

のハズなのだが、我が部屋はROOM WITHOUT A WINDOW!!(OPIVY)
こういった外界の騒音は完全遮断。おかげで朝までぐっすりグッドスリープ。
こりゃあ窓無しでもソンナノカンケーネー。むしろ今後は窓無しの部屋を探せう。
おお、そうじゃ、そうじゃ。つって外出たら、目の前には雨が降るプノンペン。
おい、雨降ってるなんて聞いてないよ!殺す気か!上島aka太陽さまバリにリアクションした後に
今後は絶対に窓が有る部屋を探そうと心に誓ったのは言うまでもない。

まぁ雨と言うてもスコールみたいなもんだから、すぐ上がるだろうと
雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ雨具モ持タズ出発。モチto theロンで本日も徒歩!

途中、立ち寄ったパン屋で購入した、ぶっといフランスパンを歩きながらガブり。ウマい。
カンボジアもベトナムと同じようにフランスの植民地だっただけあって
なにはなくともパンだけはウマいだろうと思ってたが、スカスカしてて味が無いなんて事は無く、やはりンマい。昼メシ兼緊急時非常食用に(昨日の失敗から学んだ)もう1本購入。

案の定、雨と砂埃のモストデンジャラスコンビにやられドロドロになった全身を30分引きずり
お目当てのトゥールスレン博物館(ポル・ポト政権時に使用されていた強制収容所です)到着。


「ポル・ポト?なにそれ?まだ食べてないよ」と言うような、ゆとり教育の被害者達や
教科書に優香の水着ポスターを貼るようなワールドバカクラシック級の愚民の為に
ちっちゃなころから悪ガキで15で不良と呼ばれはしたものの学生時代は地理・歴史だけは
唯一人並みに出来た筆者がポル・ポトの説明をちょっとだけ。専門的な事は詳しくないが…


30年ほど前にポル・ポトっつうおっさん率いるクメールルージュって言う政党のがあってね。
こいつらが「どくさいスイッチ」をポチッとな。
とんでもねぇアルトラヴァイオレンスな政策を取ったワケだ。

まず「もう一度、国民全員で原始的な生活からやり直そうぜ」と学校閉鎖、貨幣廃止、宗教禁止。
首都プノンペンにいた一般ピープルを地方郊外へ強制移動(基本徒歩)させて農場で強制労働。
えっ?もう歩けない?じゃあここで死んでろや。病気?知らねーよ。医者殺したし。
「せっかく改革したのに、また革命でも起こされたイヤだなー」と
政治家、教師、金持ち、知識人、リーダー格になりそうな人間皆殺し。
お前メガネかけてんだな。なんか反乱起こしそうだから殺すわ。って具合に。

「これだけやったのに全然効果でねぇじゃん。まだどっかに反乱分子がいるじゃね?」と
それらしい国民を片っ端から逮捕してぶち込んだ刑務所の1つがトゥールスレン通称S21。

政治犯(とされる人間)はここで「おらー!反乱分子の仲間の名前言うまで止めねーぞ!」と
水責め、火あぶり、爪剥がし、吊り下げ、ムチ打ち、電気ショックなどのトラディッショナルな
拷問のキツさから逃れたくて(処刑されたくて)何ら関係ない自分の知人の名前などをゲロ。
名前を出された人間とその家族がまた拷問を受けて誰かの名前を吐いて処刑される。
イカれた虐殺無限ループ。

農業なんざした事も無いような人間に強制的に農業やらせて大失敗。飢餓と病気が国内に蔓延。
ついでに後期は党幹部たちもスパイ容疑などで次々に処刑していった為、政治もボロボロ。
あれよあれよと言う間に死者は増え続けてポル・ポト政権が倒れるまでの4年間で推定150万人。
国民が1/4に激減っつう、聞いただけでもヘドが出るようなことになっていたワケ。


超暴力的にマトメるとこんな感じ。言葉遣いがヒドいのは戸塚育ちと言う事でご勘弁を。

ちなみにポル・ポトがくたばったのが10年前。
それまでカンボジア国内で細々とゲリラ戦繰り広げてたんだぜ。



入場料2ドル払って、何だか妙にぬめぬめした嫌な空気(雨のせいだけじゃない)が
流れている博物館内部に突撃。いまだに至る所に血の跡が。


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拷問道具や足かせなんかも、そこらへんにゴロゴロと。


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鉄製ベッドの尋問室。ベッドの上に錆びれたツルハシやスコップが転がっていて、
何じゃこら?と壁に書かれた説明を読むと
「ベトナム軍がプノンペンに進撃した際に、看守は尋問中だった政治犯を
そのスコップで刺し殺して逃亡した」(英語だったから正しいか自信無いが)
うへー。その死体の写真も飾ってあったが、もう単なる肉塊にしか見えんぞ。


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粗末に仕切られた一畳程度の独房。狭っ。暑っ!
手前は食器兼便器。気が狂う。


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一応、番号ふられて管理されてたみたい。


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収容された人達の写真が延々と貼られている部屋が続く。


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ここだけで約3年間で2万人がぶち込まれて、生き残ったのが6人。



朝早かったせいか、他の客が全然いなくて、じっくり見て回れて満足。
しかし、まぁかなり強烈な内容で気が滅入ってくる。


オレが1人で薄暗い独房の中で瞑想してたら、地元の女子中学生数人が急に入ってきたのは驚いた
思わず「っ!!!」とオナニーしてる所に母親が入ってきた中学生のようなリアクション。
実際それよりも驚いたのは彼女達だろうけど。只でさえ薄気味悪い独房を覗いたら、髭モジャ面でガリガリに痩せた囚人みたいな人間がいたんだぜ。
「ぎゃああ!お化け出たああ!」と腰を抜かしよった(オレだったらウンコ漏らしてるわ)
そーりー!そーりー!いやぁ、ホントに驚いたねー。とみんなでケラケラ笑い合う。

それだけの事で鬱蒼とした気持ちも、ちょっとだけ晴れた。
彼女達が、この自国の暗黒の歴史を一体どんな風に感じるのか気になりつつも
雲の切れ間からお天道様が出てきたので、トゥールスレンを後にする。


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死者の写真を撮るのは気が引けたが、視線があまりに突き刺さる為、撮らせて頂く。
さっきの彼女達と同年代ぐらいかね。
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2008年06月09日

Midnight Marauders Tour Guide

ズジャー!くよくよしたって始まらない!
1ドルで飲み物と素敵な黄昏メコン川と写真展並みの膨大な写真を見れたんなら
良かったじゃねーか。それにあすこはきっと川沿いの金持ちエリアエリアだから
安宿街に行けば値段も変わるだろうと気持ちを切り替え、夜の街を歩き出す。


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顔が汚れてもチカラは出るが、こう腹減ってるとリキ出ないぜ。
屋台から漂う焼き鳥の香ばしい匂いに目が回る。焼き鳥っつっても日本の串に刺さって
1本いくらとか、しみったれたヤツじゃなくてニワトリ1羽を丸ごと焼いたヤツだ。
とりさ(鳥山明)の漫画とかワンピースに良く出てくるあれだ。
あんなのサイヤ人じゃなきゃ1人で食い切れねーよ。なんてったってデカい!
でも、あん時だったら食えたような気がするな。

行けども行けどもメシ屋が見つからない。いや!メシ屋(レストラン・屋台)はそこら中にある!
あるんだけどもさ、なんちゅーかこうグッとこないんだよなー。
「ふん、カンボジアまで来て欧米人だらけのレストランなんか行けるか!(さっきまで居たが)
それじゃギロッポン行くのと変わらねぇぜ。やはりココは地元民しか行かないような大衆食堂!
または屋台じゃねぇとよ。それが!ぁそれが!旅の醍醐味っつうもんだろ!ライティライト?」
調子イイこと言っておきながら、実際、屋台で蒸かしトウモコロシをムシャムシャ食いながら
「ギャバギャバギャバ!」と笑っている地元民の群れを目の前にしたらしたで
…でも、やっぱちょっとはガイジンが居てくれた方が安心するなーと、パキ野郎ですわ、ほんと

さっきから頭上のカラスもアホー、アホーと人を小馬鹿にしてやがる。
「あー腹立つ、あームカつく」とBOY第1話1コマ目を形態模写していると
きれいにライトアップされた、どデカいモニュメント「独立記念塔」に辿り着く。
しかし!今はこれを眺めている余裕なんて無しっ!はい流しまーす。


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もうこうなったら、めんどくさいが、さっきの屋台まで戻って焼き鳥買うしかねぇ。
「これでようやくメシにありつける。あぁ餓死せんで良かった。本当に良かった」と
安堵の表情で来た道を30分かけて戻るもすでに屋台は撤収済み。
つい30分前まで汗だくで鶏を売ってたオッサンが
今やトゥクトゥクの後部座席でグーグーいびきかいて寝ておられた。絶望。

まだ9時前だぞ!起きろ!鶏食わせろ!カラスでもいいから食わせろ!食ーわーせーろー。と
バーンナックルで叩き起こしたいのを必死で堪えてふるふるしていると、周りの他の食堂や屋台の連中も「今日はここまでだ」と次々に店じまいを始めやがる。
だからまだ9時前だって!早いって!
そんなんじゃウマくならねーぞ!いつかのゴリのように吠えるも無駄無駄無駄っ!
こんな事ならビビってなんかいないで、ささっと何でもいいから食ってりゃ良かった。
いつだってそうだ。大切なものは失ってはじめて気付くんだ。


真っ暗な小道に輝くネオン1つ。深夜営業の(ってまだそんな時間じゃねえ)バーみたいだが…
店頭のメニューを見るふりして、360度上下確認。しげしげと店内を見回すとこれが実に怪しい。
だって照明も壁紙もテーブルも全部真っ赤なんだぜ。
店の奥からハローと声を掛けきたのは真っ黒なドレスのカンボジア艶女(アデージョと読む)
うーむ、ますます怪しい。いや妖しい。どうみてもヤッバいぼったくりバーにしか見えない。
しかし艶女の「ウェルカァァ〜ム」の一声に、つい「おぅ、いえーす。ふひひひ」と
股間を熱くしながら席に着いてしまった。


まずは「ウェルカムドリンクよん」と水を出されカルチャーショック!
ウエルカムドリンクて!お洒落っすね!ベトナムじゃなかったぜ!バビったぜ!と驚きつつ
もしかするとコレも代金に加算されてボラれるかもしれんっ!ビビりまくって
「飲み物は何にする?」と聞かれるも「あー、いや、コレ(水)あるからいらないス」
ボラれるであろう金を少しでも抑えようと必死。バカだ。そりゃ艶女も失笑するわ。
直後に「あっ、コレに睡眠薬入れられてたらダメじゃん。他の飲み物で中和した方が良かったのかも。まぁ他の頼んでも、どーせそれにも入れるだろ。どっちみち終わったわ。むしろコレ水道水じぇねえの?腹壊すかもなー。ボコボコにされて金取られて腹壊したら最悪やな」
こういった際の想像力は常にマイナス方向に超スピードで働くから不思議だ。

で肝心のメシはカンボジアまで来て相変わらずバカのひとつ覚えでチャーハン。
ただ今回はフライドライスウィズパイナップルと言う、ベトナムでは見かけなかったヤツを
チョイスすると、とんでもないトロピカルなヤツがおいでなすった。


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トロピカルすぎて思わずパシャリ。後にも先にもメシを撮ったのはコレだけだ。

からっからになったIbukuroにトロピカルをかき入れる。オレ以外に客はゼロ。
先程どこからともなく、にゃーん。と黒ネコが1匹のそのそ入ってきたが(不吉すぎる)
「ジジ!ジジ!」と勝手に名付けておいでおいですると、ふぎゃあ。と一瞥くれて出て行った。
ちくしょう。どいつもこいつもナメやがって。


メシをキレイに平らげ、結局あの水も全部飲み干したものの、不自然な眠気や腹痛、
そして暴力が得意な方々が出てきて金を巻き上げられるような事はまったく無かった。
艶女にメシ代と疑って申し訳なかったお気持ち代として合わせて3ドルをペイ。


※今改めて考えたらウェルカムドリンクなんぞ、なんて事は無い日本で言うタダのお冷やだ。
 何にカルチャーショック受けとるんや。はっきり言ってイモね。
 とゆーかウェルカムドリンクって普通アルコール出すよな。



あとはゲストハウスに戻って風呂入って放屁して寝るだけ。それ!だけ!だっ!
楽勝楽勝イッツマイショウ。シャウエッセンバディ〜。鼻歌まじりで地図を片手に街灯が
ちらつく薄暗い通りをずんずん歩くも一向に我がナイスゲストハウスが見えて来ない。
「もう辿り着くだろう、そう多分!」歌っても「きっとそうだろう!」と合いの手が帰って来ない
23歳にして迷子だ。さっき曲がった交差点を間違えたのか?冷や汗たらたら。ワキ汗どろどろ。

ガイドブックには「それぞれ大きな通りには名前か番号が付いているので
交差点の道路標識でそれを確認していけば迷う事は無い」と記されている。
OK余裕。まだ慌てるような時間じゃない。通りの名前さえ分かれば大丈夫だ。
あすこの交差点を確認だ。一体ここは何通りと何通りの交差点だ?
道路標識を覗いて昏倒。砂埃が標識にこびり付き文字が読めない状態。だみだこりゃ。


お前ら言葉も通じない街行って1人で夜中に迷子になってみろ。もの凄いぞ、スルリが。
ついでにここは、自家用車は持ってないが自家用銃は持ってる(もちろん非合法)
ヤツがウヨウヨしているらしい街プノンペンだぜ。
疑似体験したければ、夜中3時ぐらいに新宿歌舞伎町や横浜寿町でビデオカメラを回してみると
その恐怖を身をもって知れると思います。


もう地図も標識も当てにならん。とにかく動物的直感を働かせて歩くしかない。
「オンナ!オンナ!」とキャッチのおっさんに掴まれる腕を必死に振りほどいて歩く。
正体不明のおっさんに「ミスター!」と呼ばれても歩く!幕末の志士みたいに歩く!

気付くと己が立っている足下には街灯も当たらず、生ゴミが散乱している。闇に病んでるゲットー
あれだけ喧しかったエンジン音も聞こえてこないって事は中心地から相当離れちまってるな。
こらまた引き返えさんとイカン。マジかよ、めんどくせー。もうここで野宿か。路肩に座り込む。


突如、20m先の暗闇からライフルを肩にぶら下げたおっさんがふらりと現れる。

さすがにシャレにならん!

先日、ベトナムで12ドル払って「キャッホー!」なんて嬉々して乱射したライフルの弾が
200km先のカンボジアの路上でオレの背中に追いつくのか。そんなイメージが浮かび
「カッチョイイなそれ」と思う。いやっ、今はそんなイメージを思いついてるバヤイではない!
ぽふんっ!と蒸発するイメージ(この間わずか0.13秒)

即座に立ち上がり右手に見えた小道に逃げ込み、50m先に見える交差点まで疾走!
と言いたい所だが走ると目立つので実際は早歩き(本人はいたって真面目です)
後ろを振り返る余裕なんてない。路上に転がるトウモロコシの芯をいくつも踏み潰す。
生暖かい風が身体にねばりつく。心臓の鼓動が全身に響く。交差点を右折。
噛み締めた唇に血がにじむ。足裏の汗でサンダルがすべる。次の交差点を左折。


背後から追いかけてくる足音も銃声も怒声も聞こえて来ない。
後ろを振り返り、おっさんの気を感じない事に胸を撫で下ろす。
「ははっ、ビビらせやがって」とニヤリと笑いもう一度前を向くと
先回りしていた殺人鬼と対面。アワアワ。と怯える顔アップ。振りかざす斧カット。
夜空に舞う鮮血カットに「あんぎゃあ」と叫び声。ずるずる引きずられる脚カット。
暗転して翌朝、無数のパトカーとKEEP OUTと書かれたテープを張り巡らす警官のカット。
D級ホラー映画ならこんな感じかね。

でも、もちろんそんな事はなく無事にゲットーから生還。
トゥーっと溜め息ついて呼吸を整えて周りを見渡すが、まだここがどこだかわかんねーよ。


結局、ナイスゲストハウスの看板を見つけれたのが、艶女のバーを出てから4時間後。
さすがに肉体的にも精神的にも限界破裂。
部屋に入るなり瞬時にベッドにきりもみ回転して飛び込むと
勢い良過ぎたのかベッドの底が抜け、床下で圧死していたリブゴキの屍とコニャニャチワ!
あんぎゃあと叫びオレ他界。


※ライフルのおっさんは落ち着いて考えたら、制服っぽいのを着ていたのがチラリと見えた。
警察か軍人か民兵か良く知らんが、まぁそういった治安維持の為にパトロールしてくれている
素晴らしい方々だと思われる。はやとちり2008。
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2008年06月01日

In the City

ようやく、あのカンボジアまで辿り着いたのに
昼間っからこんな殺風景な部屋で寝てたんじゃMOTTAINAI!

疲労困憊だもんで昼寝ぶちカマそうにも
腹がグーグーまたはスイッチョンスイッチョン鳴って寝れりゃしねえ。
考えてみたらベトナムで朝メシ食ってから約10時間何も食っとらんワケで。
日本にいる際には1日5食キッチリ食っていた健康優良不良少年のオレとしてはこりゃキツイ。
昼飯食うついでにカンボジアの金をまったく持ってないので両替もしたろ。
よっこいしょーいちっと起き上がり外出の準備。


ベトナムのガイドブックはもう必要ない。
「果たして今後このガイドブックを開く時が来るかね?」と思いながらバックパック奥底へ埋葬
代わりにカンボジアのガイドブックをバックパックから引っ張り出す。
「町中でガイドブック拡げてると地元民にナメられるよ」と助言頂いたのを思い出して
日本から持参したガムテを貼って表紙を隠してみるも、持ってきたガムテは蛍光グリーンと
完全にミスチョイス!ギラギラして余計目立ちやがる。以後、ギンギラギンにさりげなく開く。
念のためとプノンペンの大まかな地図のコピーもポケットに忍ばせる。


ワンツーステップ、バスケットシューズ履けたら部屋飛び出してワンツーステップ。
軽やかに歩き出してこの胸つきさすビート探してーっと。
まぁ、履いたのはサンダルなんだけどね。お日様もいくらか柔らかい日射しになってきた。
それでも死ぬ程暑いが。いや熱いが。

まずは目の前にあった銀行にて10ドルを両替。1ドル=4000リエルだから40000リエルか。
ベトナムに比べたら計算しやすい。紙幣だけだし、全部同じデザインじゃないから楽だわ。
それでも100R、500R、5000R、1万Rが2種類、1000Rが3種類のデザインが存在してるので
ややこしやー、ややこしやー。なんで1種類ずつにしないんだろ?


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子供遊ぶ休日の午後!
右のおっさんが持ってるホースの丸み具合がイイ。


タネ銭も出来た事だし、さて何処にメシ行こかねーと道端で堂々と地図を拡げてみる。
あれ?どうも様子がオカシイ。誰も声を掛けてこないのだ。
ホーチミンじゃ2秒ごとにバイタクのオッサンに声を掛けられたんだがな。
んでワケも分からずヒウィゴー!となって色々巻き込まれてったのに…
まぁそのおかげで30ドルかすめ取られたが。あれは悪運と踊ったが。
(ちなみにここは「バッドラックとダンスっちまった」と読んで下さい)
カンボジア人ってシャイ?それともここが都会だからTOKYOみたいに他人に無関心なのか?
ここにジャパンマネーをしこたま持った旅行者が1人でヒマしてんぞ!カモがネギしょってんぞ!ちょえええ!と周囲半径50mに念力を飛ばしてみるも効果なし。
老若男女どいつもこいつも路上で蒸かしたトウモロコシを一心不乱に貪り食ってやがる。

おいこらプノンペン、お前がそーゆー態度ならオレにも考えがある。
今後一切バイタク及びタクシーには乗ってやらん!
「大地の俊足」の呼ばれる、このオレの脚だけで走破してやんよ!

こうして「プノンペン・サンドマン宣言」として後世に伝えられる
一方的な宣戦布告をパンパカパーンと発表。オレ勇気あるな。でもバカだな。
要するにあれだ。辺りでヒマそうにしてる運転手達にビビって話しかけれなかったって事だ。
マクフライ家は腰抜けと言われてもしょーがないぜ。


ひとまずメインストリート1つであろう「モニボン通り」を北上して
約1キロ先に構える街の中心地「セントラルマーケット」を目指して歩く。
やぁ、ベトナムと違ってクルマが多いなぁ。信号もイッパイだぁ。
田舎者風情できょろきょろしながら歩き始めた直後に先程の宣言が如何に愚行だったか気付く。

とにかく道が歩きにくい。歩道はこれでもか!ってぐらい幅広なのはありがたいが
幅広なのをいい事に路上駐車がびっしり!ビシバシステム!
そいつらの隙間を縫うように歩いてると今度はブロッコリーをブッ刺したような
不細工な街路樹がちょぼちょぼと生えており、外見だけでもムカつくのにコイツがまた中途半端な高さで避ける為にいちいち腰を屈めなくてはならんので憎たらしいったらありゃしない。

それじゃあ歩道はヤメて車道歩いたろかしらんっと。車道の端っこをだらだら歩いてると後ろから
プッププップと喧しく突っ込んで来るバイクやらクルマに轢かれそうになる。
車道も片道3車線の幅広な上、交通量が凄まじく横断する余地もない。
「おっ、向こうになんか人集まってあんじゃん!」と道路を挟んで向こう側にある人集りを
見つけても、そこからずっと先にある横断歩道を渡って大回りしないと辿り着けなかったり
(で、いざ辿り着くと単なる自動車整備工場だったりして絶望)

どーやら、ここは歩いてウロウロする街じゃなく
どっか行くにも何かしらの乗り物が必要となる街である。どうりで人が全然歩いてねぇワケだ。


「さっきの宣言なんだけど、やっぱ取り消しで!わりぃわりぃ。
なんつうかショートドッキリっつうの?ちょっとイキがってみたかったっつうか。
やっぱり『郷に入れば西郷秀樹』だっけ?輝彦だっけ?ことわざあるじゃん。そんな感じで
オレも皆みたいにバイク乗りたいなーなんて」今更、謝罪と撤回を求める事も許されず
砂塵とホコリと排気ガスにまみれ、真っ黒で巨大な鼻クソをポロポロ取りながら
なんとか30分かけてセントラルマーケットに到着。うはっ!と唸る。
マーケットの外側を何重も露店が囲い、さらにその外側をトラックがぐるりと路駐。
溢れ出す人々。もうマーケットの入り口すら見えない。
ホーチミンのベンタイン市場の周りの屋台群がカワイく思えてくるぜ。
あかんわ、こりゃ。とあまりの威圧感に圧倒され敵前逃亡!

退避!退避ーっ!と名も分からぬ小道を一直線に突っ走ると、目の前にはメコン川が!


DSCF1791.jpg

おぉ!久しぶり!(実際には2日ぶり)
そのまま小洒落たカフェが並び欧米人も多い川沿いの「シソワットキー通り」をだらだら。
「えーっと、地図にはここらへんにFCCカフェがあるって書いてあるなー。あぁこの角の所だ。
これかしらん。オイース」とFCCカフェにご入店。ようやく腰を落として休めるぜ。

FCCカフェっつうのは、ガイドブックによると
『カンボジア内戦時に外国人ジャーナリスト達の溜まり場になってた特派員クラブを
レストランに改造した店で店内には様々な報道写真がディスプレイされている』との事。

オレが座っているオープンテラス席からはそんなモノ1つも目に入って来ない。
「あんな小汚いヤツに見せれる代物じゃねぇ」と黄色人差別か?
憤慨してる所に店員が「決まったら呼べや」とメニューを持って現れる。
メニューの表紙には「リバーサイドカフェ」の文字。ん?リバーサイドカフェ?
それってFCCカフェakaリバーサイドカフェって事か?
若干イヤな予感がしつつ隣の立派な3階建ての建物を見ると、案の定そこには「FCC」の看板。
1軒間違えるなんてベタベタなハプニングに失笑。バーストアウトラフィング。
「しょうがねぇ、ちゃちゃっとメシ済ましてFCCでビール飲もうさね」
軽い気持ちでメニュー開いて驚愕。

コーラが1本1ドルちょい!メシは3ドルから!オッドロイタネー。
ホーチミンの大衆食堂の倍ぐらいするじゃねぇか。なんだこのデスノート。
オッタマゲター!大声出してオタマと下駄を取り出す余裕なんて無いぜ。
しばし呆然とメニューを見つめてると、寄ってきた店員に「決まったかい?」と尋ねられ
「こっここここここのコカコーラと、パパパパンケーキををををを1つください…」
どもりながら清水の舞台からバンジー覚悟で注文。
いやぁ緊張しちゃって…(と言ってキンチョールを取り出すマーシー)


運ばれてきたのは、なんてことのない缶に入ったコーラとコップとストロー。当たり前だ。
パンケーキは後で持ってくるのか?ずびずびとコーラを吸ってると薄汚いガキが寄ってきて
「コカ、コカ…」とコーラを指さして呟く。なんか文句あっか。あん?
これはオレが大枚ペイして手に入れたんだよ。あん?
「イエス。イットイズマイコーク(はい。これは私のコーラです)」教科書のような正しい英語で
元気よく返答すると「コカ、コカ…」さらに呟く。だからなんだよ。ラリってんのか?
そう、ラリってたのである。あの虚ろな目。溶けかけの前歯。明らかにシンナー中毒の症状だ。
あぁなんだラリってるだけか、じゃあ安心。シカトしてりゃいいわ。
何かあってもガキなんぞ腕力でモノ言わせばいい。
それにしてもパンケーキが一向に来ない。でも来なかったら来なかったでFCCで食えばイイやーと
30分程待ったが運ばれてくる兆しも見えないので店からフェイドアウト。
店員のオバハンは「パンケーキ忘れちった。すんません、取り乱しました」と
コーラは1ドルにマケてくれた。あざっす。それでも1ドルか…


DSCF1793.jpg


すぐさま隣のFCCヘ。うわー、オシャレ!代官山とか青山とかにありそうな感じの
シャレオツなレストランだ(残念ながら田舎者のイメージ力は非常に乏しい)
メコン川を見渡せるテラス席につき、メニュー開いてやっぱり驚愕。

ビールが2ドル!メシは5ドルから!
思わずズボンとパンツがずり落ちた。食事は諦めるしかねぇ。
一番安いバナナシェイク(1ドル)を注文し周りを見渡すと満席状態で
オレ以外は全て金持ち西欧人。みんな楽しそうに和気あいあいとディナー中。
パンが無いのならケーキを食べればいいじゃない?と言われそうな雰囲気。


隣席のブルジョア姉ちゃんのブラウスから透けるTバックをガン見。ちんぽたつたつ。
「でっけぇケツだな、おい」ボヤキながら、バナナシェイクをぐびっと飲み干し
「ほほぅ」なんて知った口ききながら、店内の至る所に飾ってある写真を隈無く見て廻る。
こうしてうろうろしてりゃ誰かが声掛けてきてビールの1杯おごってくれるんじゃねーかっつう
浅はかな、そして卑しい考えだったがコレ失敗。むざむざと店を出る。
西欧人には慈愛の心は無いのかい?心にダムはあるのかい?
よく考えれば、ここは金持ち向けのレストランなワケで
何も知らない小汚いイチ旅行者しかもイエローモンキーが行くよーな店じゃないのね。
そんなヤツが店内徘徊してたら迷惑千万。逆にフクロ叩きにされなくて良かったわ。


プノンペンに宣戦布告した代償はデカい。
気付けばとっぷりと日は暮れて夜になっていた。
道端で「コーラが1ドル…ビールが2ドル…メシが5ドル…」ぶつぶつ呟きながら途方に暮れた。
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2008年05月21日

Road To Ruin

御年二十四になる男でありますが生まれてこのかた「国境」と言うものを跨いだ事なしっ!
よっ!島国日本!

ほら、よくテレビでやってんじゃん。いっせーのせっ!で国境を跨ぐやつ。
あれをやってみたかったワケですよ。ベタですが。
それももうじき叶うとなっちゃあ、アガらざるおえないと言う訳で
KKDT(国境童貞)捨てられるぜ!とひた走るバスの中で若干興奮気味。
流れゆくベトナムの片田舎の風景には目もくれずに
はて、どういった構図で国境の写真を収めるべきかと思案したり、
やはり利き足の右足で?いやここは黄金の左足?思い切ってジャンプ?
はたまた趣向を変えて逆立ち?などといかにカッチョ良く跨ぐか悩んだり、
黙々とガイドブックを睨み、カンボジア入出国カードと税関申告書の書き方を猛勉強。
「入国目的…サイトシーングやな。宿泊ホテル?そんなん決めてねぇよ。
なになに?何か有名なゲストハウスの名前書きゃいいのか。ふむふむ」


隣席には学生らしき若いベトナム娘。
随時、携帯で電話したりメールしたりと、友達、家族、彼氏との久々の再会を待ちきれない様子。
(オレの勝手な想像であって。本当は生き別れた母親を探していたのかもしれん)
うっかりオレがぷりっと放屁すると「ファッキンジャップが」とガンをくれた。
ジャスミンの香りだっつーの。


国境までの道なりも思っていた程、悪路でもなく(あくまで思っていた程)
こりゃ念のためバッグに入れといたゲロ袋も必要なさそう。
上下左右に適度にゆらり揺られて眠気を誘う。
BGMはレッチリのScar Tissue。誘われるままにぐーぐーと爆睡。


鼻ちょうちんが破裂して目を覚ますと、なにやらバス車内がわさわさと騒がしい。カチ込みか?
どーやら国境の街モックバイに到着したみたい。
イミグレーションの中に入ると車掌は「ちょっと待ってろ」と言い残し
乗客全員のパスポートを持って出国審査のおっさんとなにやら話している。
とりあえず、なんだかわかんねーけど待つしかねぇ。何か言われたらサイトシーングって言うしかねぇな。タバコをぷかぷかして待っていると、車掌からパスポートを返却される。

「んで、どーしたらエェの?」
「まんず、あすこの出国審査通って、外にさっきのバスが停まってるだば乗って待っててくんろ」
「カンボジア入出国カードとかは?」
「オレが乗客全員分書いたずら」
「ぬな!?」

パスポートに挟まっているカンボジア入出国カードを見れば
ローマ字でオレの名前とパスポート番号、ビザ番号だけがなぐり書きされている。
おいおい、本当にコレでカンボジア入れんかよ。とゆーかオレの勉強時間返せよ!
その分、鼻歌まじりに流れゆく景色を満喫出来たのに!このウスラ!
とりあえず、出国カウンターのオッサンにパスポート提出。
ダン!ダダン!段田弾!と出国スタンプを押してくれた。わーい。
この喜びを踊りで表現したいと思います。シュッコク!シュッコク!


大人しく外に停まっているバスにて待機。
ここはベトナムでもカンボジアでもない、互いの国境の中立地帯。不思議な場所やなー。
窓の外を見ると大量の野菜をくくりつけたチャリンコを漕いだオバハン達が
イミグレーションなんぞ見向きもせず、道路脇の畑の中を疾走中。
「国境だがなんだかあたしゃ知ったこっちゃないよ!チャリンコラブホ!」と言わんばかりに
ふんふん唸ってあっちからこっちへ、こっちからあっちへ行き来している。うーむ、逞しい。


どーやら乗客全員無事に出国出来たみたいで、数百m先のカンボジア国境に向けて出発。
車掌が訴える。「ほいじゃ、次はカンボジアに入国ずら。ピーポー、ゲットレディ?」
あぁ準備は出来てる!
なぜか再度パスポートを掻き集められ、カンボジア国境にぽつんと建っている
高速の料金所みたいなハコに車掌が入って行く。数分後戻ってきて一言。

「はい、全員分の入国スタンプ押してもらってきたずら。したっけ今から返却するずら」
「ぬなな!?」

カンボジア、テキトーだな!せめて顔写真と本人の確認ぐらいしろ!
成田空港に入るだけの方がチェック厳しいぞ!
しっかりと入国スタンプは押されたパスポートをポカンと見つめてるうちにバスは再出発。
で気付いた。あれ?国境は?

しまった!気付くのが遅かった。
国境なんぞすでにバスでブロロロローンと通過済み。国境跨ぐどころか見てもねぇ!

もっと格安のバスチケットだとベトナム国境までバスで行って、出国審査して
歩いてカンボジア国境まで行って入国審査を自ら行い、カンボジア国境で
プノンペン行きのバスに乗り換えるっつう感じみたいなんだけど(とゆーかそっちが主流?)
どーやら、このバスは大枚12ドルも払っただけあって、そこらへんの面倒くさい事務的な事は
全て車掌がテキパキ(とか言えないが)とやってくれるみたい。
Butしかしながら、その面倒なのが旅の醍醐味でもあるワケじゃないか?
大きなお世話!SAY WHAT!!と言うてしまえば失礼だが
出来れば「いっせー、ポン!」で跨いで国境越えをしてみたかったなー。

(因みに「いっせー、ポン!」ってのは某友人がジャンケンする際にテンパってしまい
「ジャンケンポン!」と「いっせーの、せっ!」をゴチャ混ぜにして放った名パンチライン)


そんなこんなで何だかワケの分からないまま
ふわっとベトナム出国して、ふわっとカンボジアに入国していた模様。


DSCF1724.jpg

うーむ。これがカンボジアのイチコクか。メインライン!メインライン!
何だかベトナムより貧しそうやなー。国境付近の田舎だからか?
案外ベトナムの田舎もこんな感じか?寝てたから全然分からねぇ。


DSCF1730.jpg

まずは牛の熱烈歓迎。むしゃむしゃ生ゴミ漁って「モォー」だってよ。やかましわっ!


その後も快調にイチコクをかっ飛ばし(爆睡のため記憶無し)7時間後にプノンペン到着。
街の中心地からやや外れたオリンピックスタジアム前に停車。
どかどかと降りて行く他の客たちのケツを追ってオレも降りる。降りると同時に周りを囲う
トゥクトゥクのドライバーの「乗れ!安いホテル知ってる!」と言う客引きに
なすがまま連れ去られる欧米人たちを眠気マナコでボケッと眺めていたら
周りにはトゥクトゥク1台も残っとらん。オレも乗ろうと思ったのに。
ドントリーブミーアローン!SHERBETの名曲を口ずさんでもしょーがねー。
とりあえず街の中心地まで歩いてみっか。


久々に背負ったバックパックはハンパなく重い。寝起きで頭がボーッとする。
それよりもなにより、あちぃ。なんだこら?背中がぬらぬらする。
おりしも午後2時過ぎと言う天照大神が一番元気な時間である。
そんな中、当ても無くよちよち歩くのは自殺行為と言っても過言ではない。太陽は罪なヤツだ。
こりゃ、一旦宿を確保して、まるで「そびえ立つクソのような」このバックパックを置くべし!
置くべし!置くべし!と、まずは宿探し決行。
その場でガイドブックをパラリコパラリコパラリセコとめくり
目に付いたのは「ナイスゲストハウス」の文字。ナイスゲストハウス!なんちゅー安易な名前!
即座に本日の宿に決定。もう今の俺にはナイスゲストハウスしか見えねぇ。


DSCF1800.jpg

ヒーコラ、ヒーコラ、バヒンバヒンとふらふらになりながらナイスゲストハウスに到着。
カウンターで鼻クソを丸めていたオッサンと交渉。

「ドュ、ドュ、ドュユハヴァエニィルーム?」
「イエース。オンリーワン?」
「オ、オンリーワン?どゆこと?」
「オンリーワンパーソン?」
「あぁ1人かって事ね。モチ!MOCHI!」
「モチ?」
「モチのロン!ワンパーソン!」
「オッケー」

この部屋でどうだ?と見せられたシングルルームは
セミダブルベッドが1つ置いてある10畳ほどの薄暗くて寒々とした部屋。
なんだ尋常じゃないこの殺風景さは?と思い、ふと部屋を見渡すと窓が無い。思わず二度見。
やっぱり窓が無い!やっぱり猫が好き!オッサンに「窓無いんだね…」と伝えると
「でもエアコンも付いてるし、ホットシャワーも出る、おまけにテレビはNHKも映るぜ!」
ポジティブシンキング!

今まで歯科技工士にならなかったおかげで、幸運にも窓が無い部屋に住むことなど無かった。
こりゃあオモローな経験になるかもな。無駄な好奇心が騒ぐ。
多分、刑務所にブチ込まれても格子付きの窓ぐらいはあるだろうし。とPMA入ります!
「オッケー!この部屋にするよ!ファッキンクールじゃん!」そう伝えてカギを受け取った。
1泊8ドル也。本当は値下げ交渉すりゃイイのだが疲労困憊でそれどころじゃねぇ。


DSCF1801.jpg


もう池上が手を貸してくれないと起きれないぜ。

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2008年05月14日

THANK YOU VERY MUCH MR.TENDER HEART

チェッ!チェッ!チェッ!チェッ!チェックアウトッ!

ナイトーに「5日も泊まったんだから、お前も少しは気合い見せろや。あん?」と凄むも
「オレ、ここのボスじゃないから値引きはムリっすよ。マジでマジで」と日和やがって
結局1人44ドルをペイ!

昨日の彼女達は8ドルの部屋をシェアしてるって言ってたな。まぁ今更アガいてもしょーがねー。
キレイな部屋で掃除もしてくれたし、タオルも毎日換えてくれたからオッケーっす。
こりゃゲストハウスちゃうよ、もうミニホテルよ。


朝食をサラっと済まし、M君を見送りにシンカフェに。
何だか奇妙な出会いだったが、彼のおかげで良さげな寝床にもありつけ
またオモロいトラブルにも見舞われ、怒濤のホーチミンライフを満喫出来た事を感謝。
もしも、あん時声を掛けなければ、右も左も分からない国にて
「やべー、おっかねー。てりぶる。てりぶる」とホテルに引き蘢って
「おうち帰りたいよー。うわーん」とピッコロに拉致られた悟飯よろしくベソかいてたかも。
そもそもホテルを見つけられたかすら危ぶまれる。
やっぱり同じ街に知り合いが1人でも居るっつうのが、少なからずの安堵感をもたらせて
ラストファルコンと呼ばれるほど(呼ばれてねぇ)オレを開放的にさせてたんだろうな。

あの日あの時あの場所で君に逢えなかったら僕らはいつまでも見知らぬ2人のまま!


お互いの旅運を祈り、M君ニャチャン行きのサヨナラバスに乗り込む。
あまり積極的に話しかけたりしてこないシャイボーイだったが(そこが寧ろ心地よかった)
別れ際にカメラを向けるとニヤリとほくそ笑み、ピースサインを見せた。
シブい!ケンカはガタイじゃねぇ!シャイなアンチクショウだぜ!抱かれてもいいと思った。
サヨナラバスはクラクションをけたたましく鳴らし鳴らされ、ファングーラオ通りに消えた。
ハノイまで無事で!


DSCF1727.jpg

一昨日、プノンペン行きのチケットを買った店に行くと
プノンペン行きのバスがすでに待ち構えていた。

クソ重たいバックパックだけ荷台にぶち込み、バスストップの前に腰を下ろす。
出発まであと30分。タバコを燻らせて、最後のホーチミンの朝を堪能。
やっぱり今日も朝から喧しい。その喧しさに安堵感すら憶える。


DSCF1630.jpg

電線、無茶しやがって。


わずか5日間で起きた様々な事を思い耽っていると、突然、目の前がシャボン玉だらけに。

「大麻吸いすぎて、いよいよ頭がファンシーになったか?いやいや吸ってないぞオレは!」

ふと横を見ると、小汚いおっさんがシャボン玉が出るオモチャの鉄砲を、どっさり持って
「兄ぃちゃん、ひとつ買わないか?」

うわー、いらないよ。オレ今からカンボジア行くんだよ。
つーかカンボジア行かなくてもいらないよ、それ。

おっさん、それを理解したかどうか知らんが半ばヤケクソ気味にシャボン玉連射。
辺り一面は尋常じゃないぐらいのシャボン玉。

ナルホド!これはオレへの出発のファンファーレだな!おっさんの心意気しかと受け止めたぜ!
強引に勘違いしてバスに乗り込んだ。


ちょっと前までモノホンのライフル持ってドンパチやってたであろうおっさんが、
今じゃこうしてシャボン玉が出るオモチャの鉄砲を売ってるとは、滑稽でもあり、ちょっと悲哀。
まぁ、当の本人は「シャボン玉やべー」とガキみたいにハシャいでたけども。
なんだかベトナムを象徴していたような気がした。と、こいつは流石に言い過ぎか?


ともあれ、目指すはカンボジアの首都プノンペン!
到着は6時間後の予定!
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2008年05月04日

Only Tonight

嗚呼、大人数で食卓を囲うメシの楽しさよ。大人数言うても4人だけど。

ホーチミンの喧噪に戻った際に先ほどの日本人女性2人組を
「晩メシIKOUZE!!」とナンパ(海外の開放感って怖いですねー)
先日、タムに連れてってもらった大衆食堂にシケ込んで、おばちゃーん、とりあえずビール!

彼女達は1ヶ月かけてインドシナ4カ国をぐるっと廻っている最中らしく。
ルートとしては…。はい、地図帳拡げて。教科書閉じろー。
日本からタイ・バンコクに入国、そのまま北上してラオス・ルアンパバーン、そこから南下して
ベトナム・フエ、さらに南下して来てホーチミンに到着。
明朝、飛行機でカンボジア・シェムリアップまでぶっ飛んで数日過ごした後
バンコクに戻り帰国予定。とまぁ、かっちぶーな、姉ちゃん達。

1ヶ月も良く仕事休めるなー。オレ2週間だけなのに仕事辞めてきたっつーの。

オレも明日プノンペン、M君もフエに向かう為4人ともホーチミンで過ごす最後の夜である。
ってなワケで「出会いと別れ」に乾杯!
M君もタイなどを旅してきたワケで、3人から今まで通過してきた国の話を聞くのはオモロい。(ついでに彼女達はラリアにワーホリ経験も有)


例えば、ロシアで世界一墜落する確率が高い航空会社の飛行機に乗った時
自分が乗る1つ前の機が本当に墜落したとか。

例えば、ラオスで「大磯ロングビーチ行き」と表示された神奈中バスが走っていたとか。
(ここらへんじゃ、日本や韓国で使用されたクルマがリサイクルされて多用されてる。
オレも「下関郵便局」と書かれたボロボロのカブが元気に走ってたの目撃した)


いやー世界って本当に広いですなホント。
ワールドワイドなすべらない話を聞かせて頂いた御礼に、技を借りるぜ!と
大嶋の「盲目のおじいちゃん客」の話。鹿田の「エルボー」の話と言った超ミニマムな鉄板ネタを披露。ややウケ。他人のネタでちょっとスベると申し訳ない気持ちでイッパイになるなー。
早川の親父の話をチョイスした方が良かったか?ハードコアすぎだが。

話してるうちに2人のうち1人の家がウチからクルマで20分ぐらいのところっつうのが発覚。
なんだリトル佐藤&LOVEドラムスのリーダー・佐藤サトル(名前で韻踏んでる)の近所じゃん。
世界って広いようでやっぱり狭いな、おい。イッツァスモールワールド。


いっぱーい、腹いっぱーい、もういっぱい!ピシャーっとまんぷく君になったものの
なんかこう食後のデザート的なものを…とOUT STREET。
「おばちゃん、デザートやってねえ?」と軒並ぶ屋台や食堂に片っ端から聞いてくが、
どいつもこいつもフルーツばっかムシャムシャ食いやがって、ありゃしねえ。

しゃーなし欧米人で群がる1軒の屋台に腰を下ろし、再度ビールで乾杯。
なんかツマミ欲しいねと、スルメ売りのおっさんから1皿購入。日本のもんと味変わらんわ。
続いてホビロンに挑戦してみよーぜ!ってことでホビロン屋台で頼むと
ほらよっとタマゴ1つに小皿とスプーンとライムを渡される。

ホビロンっつううのは要するに孵化直前のアヒルの卵を茹でたヤツね。
いくらだったかなー、多分1つ30円ぐらいだったハズ。

タマゴの殻をズルズル剥いてると羊水なのか?じゅんじゅわ〜っとお汁が垂れて来るよ!うげげ!
隣で食ってたオッサンに「おっさん!お汁がビーシャビーシャだよ!」と告げると
オッサンは「飲め!それ飲め!」マジ飲みもんなの?これ…。

まぁ、どう見てもこのタマゴは35歳以上には見えないので羊水腐ってるワケもないので
血ぃ吸うたろか!と吸ってやったさ。わぁお下品だなー。

殻を全部剥くと、ボロンボロンと小皿の上に本体落下。レッツしだるまタイム!
どうやらアヒルさんになる予定だった物体Xとコニャニャチワ!Wah!!


DSCF1716.jpg

ス、スリップノット?グァーグァー。R.I.P

予想していたのよりグロテスクちゃうなー。
オレからしてみればブロッコリーとかカリフラワーの方がよっぽどグロいぜ。
ライムを搾って躊躇無くガブリンチョ。おっ、濃厚な味付け。
タマゴの黄身のようで鶏肉のようでその中間のような食感…なんとも表現しづらいのだが
これ1つで「タマゴから鶏肉になる」までの味が楽しめるオツなもの。ビールに合うなー。
早い話が、コレうめーよ。マジうめーうめー。


そんなこんなでオ・ワ・ラ・ナ・イ!と思ってた
ベトナム最後の熱帯夜も4人でアドレスを交換してサヨナラ!
サヨナラは別れの言葉じゃなくて次逢うときまでの遠いプロミスっ!



※蒲田サンロードにある福山商店ってベトナム食材店で
ホビロン買えるみたいなんで、いくらするか誰か調査してきて。

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2008年04月24日

Nothin' Or Breezin'

そう言えばベトナムくんだりまで来て、生春巻きだとかフォーだとか所謂ベトナム料理を
なんも食ってねぇな。って事で本日の朝食はフォーで済ます事に。
フォーにも色々種類があって鶏肉を入れるのがフォー・ガー、牛肉がフォー・ボーとかね。
米を伸ばした麺にあっさりしたスープ、そこに牛肉、もやし、ブロッコリーをぶち込み
香草とライムをバカバカ入れて食べるフォー・ボーはなかなかウマかったが
いかんせんブロッコリーともやしが多すぎる。
牛肉と麺だけのもっとシンプルなフォー・ボーで良かったんだけどな。

個人的に朝イチから麺をズルズルっとする元気はないので
朝食はボケーっとパンを千切って食う方が楽でイイわ。

店員に「『サンキュー』って日本語で何て言うの?」と聞かれたので
「『ありがと』だよ。ベトナム語は?」「『カムオン』よ」と教え教わり
ベトナム人が「ありがと!」と日本語で、逆に日本人が「カムオン!」とベトナム語で
お互い礼を言い合い店を出た。


相変わらずシンカフェ前はごった返してる。
その中に昨日クチで声を掛けられた日本人女性2人組を発見!
奇跡だ!本当に会えた!(耳すまサムプリング)
彼女達も同じメコンクルーズらしい。ついでにあのキーウィ4人組も。


2時間程バスに揺られてメコン河口の街ミトーに到着。
そこから船に乗り換えてズドドドドーっと突き進む。いやーデカイなメコン。
雄に大きいと書いて雄大やな。
遥かチベットから滴り落ち中国、ミャンマー、ラオス、タイ、カンボジアと
インドシナ半島を南北にブチ抜く大河。黄土色に濁る水はお世辞にもキレイとは言いがたいが
それは養分が豊富である証拠。つまりは淡水魚がウジャウジャいたり、水田や農地に最高な土地になったりと、ようは目に見えてるキレイさが全てじゃないぜ!見えない美しさもあるぜ!と言う事

DSCF1660.jpg

川の流れのようにー。ゆるやかにー。秋元天才!


30分ぐらいクルージングした所で陸に上がってメシ休憩後また船乗って30分後また陸上がって
蜂蜜工場見学して(見学つうか蜂蜜舐めただけ)また船乗って30分後にまた陸上がって…
クルージングなんだか良く分からない状況。
ただ船に乗って風に吹かれてれば、それだけで満足なんやけどなー。
風があって!風があって!風があって!(鉄アレイ)

「次は皆お待ちかねの小さい船に乗るぜー!船着き場まで陸で移動するぜー!ヒャッホー!」と
ガイドが言うので森の中をワサワサとみんなで歩く。
河で風に吹かれるのもイイけど、こう森林浴って言うんですか?コイツもなかなか悪かぁないね。

DSCF1691.jpg

森は暖かい…


途中セルビア人のおばちゃんがドデカい望遠レンズ付けたデジタル一眼を肩から下げてたので
「カメラマンなの?」と聞いてみた。「そうよ!でもアマチュアのね!」と返答。
「オレもアマのカメラマンさ!」とウソ言うと(ウソではないが)
「じゃあ、あなたのカメラも見せて!」ときたので
すかさず親父から受け継いだ30年前のニコマートを差し出すと「オーマイガーッ!」だってよ。

そう言えば、この旅の最中に旅行者はもちろんの事、現地の人間でも皆デジカメ持ってたな。
フィルムも道端で売ってはいたけど、それいつからそこに置いてんの?と言うぐらい変色してたし
カンボジアじゃ「何で日本人なのに最新のカメラ持ってないんだ?」と本気で不思議がられた。

「スゲー重たくて大変なんスよ」
「でしょうね。でも私もコレ昔使ってたわ。ナイスなカメラよ」
「そう、だからあとは撮るヤツの腕が問題っすよ」

そんな英会話でのやりとりもありつつ。
(本当に外国人は驚いた際にオーマイガーッ!って言う事に感動)
コンクリートの道路にぶつかると、そこからは馬車、いやロバ車でトコトコのんびり進む。
道路脇にはヤキの木がぶっ刺り、頭上に広がる馬鹿デケェ青空。
本当にあの喧噪渦巻くホーチミンから数十キロしか離れてないのか?別の国に来たみたいだなー。

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手漕ぎの小舟でドンブラコ。ニッパヤシの森の中の水路を進んで行く。
このメコンクルーズの多分ハイライトだ。だが15分程漕いだところで終了。あれ?短くね?
まぁ楽しかったけど。勝手に猿とかニシキヘビとか出て来るかと期待したんだが。
代わりにあちこちからカエルの鳴き声が聞こえてきてさ。
ゲロゲーロ。1匹じゃねーよ!こっちからもゲロゲーロ。

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ナイスネイチャー!


続いてココナッツミルクキャンディ工場を見学。
工場っつってもキャンディ作って袋詰めまで全部手作業なので工場つうか作業場って感じ。
さすがに見学は飽きたので、1人ふらっと抜け出して工場の隣を流れる用水路を覗くと
ハゼのような小魚がわんさか居る。こいつを捕まえて昼飯の足しにしようと試みるも
流石に素手だと難しい。苦戦してると5歳ぐらいの小僧が寄ってきて
「オレに任せとけ」と言う(ベトナム語だから実際の所は分からないが)
おもむろに転がっていた石をむんずと拾い上げるやいなや、光の早さでハゼに向かって投石。
クラッシャーボール!違う!違うぞ小僧!それは手がすべったって言うレベルじゃねえぞ!
オレは生け捕りにしたいんだよぉ!と必死に伝える。
何とかオレの意図を理解したらしく2人してドロだらけになりながらも、ようやく1匹ゲット!わーいわーい。

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喜んだのも束の間、オレがさっき小便をした便所の水もこの用水路に流れ込んでるのが目に入る。
何だか複雑な気分だ。

ガイドブック片手にベトナム語で「この魚の名前何て言うの?」と聞くと
小僧は「カー。カー。」と言う。カーはベトナム語で魚の意味だ。
そうだ、魚は魚だ。聞いたオレがアホやった。
「それじゃ君の名前は?」「ダーン!」
ダーンはしきりのオレのバッグに付いているカギを指さして何か訴える。欲しいのか?
でもカギが無いと色々と不便だからなー。
代わりに日本からキャッチボール用にと持ってきたお手玉を1つプレゼント。
あまり喜んではいなかったが…。
あとで考えたらカギなんぞホテル前の土産物屋で100円ぐらいで買えたんだから
プレゼントしちゃっても良かったなー。ダーンすまなんだ!
でもきっとカギぐらいすぐ買えるようになるぜ!

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WORLD IS YOURS!!!


エンジンボートでミトーまで戻る。
キーウィの1人がガイドが使うマイクに自分のiPodの音を無理矢理拾わせる。
流れてきたのはイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」
このタイミングでこの曲は似合うような似合わないような…。
この曲が出たのは1975年でベトナム戦争が終結して統一された年でもあるから…
まさかそれを狙ったのか?こいつぁとんでもねぇ策士だぜ。

―気がつくと僕は出口を求めて走りまわっていた。
もとの場所に戻る通路をなんとかして見つけなければ…すると夜警が言った。
落ち着いて自分の運命を受け入れるのです。
チェックアウトは自由ですがここを立ち去ることは永久にできません。―

謎めいてると延々言われ続けているこの歌の歌詞の最後の部分。
深い。深野さんだ(加藤義理父)
オレも元いた場所に戻らないとなー。永久に無理かもなー。それも運命やなー。なんて考えながら
キラキラひかる川面を眺めてはアクビをカマし続けていた。
とにかく、ちょっとの間ホーチミンの無数の雑音遮断一瞬白昼夢!ダンケ!
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2008年04月18日

every rain let's up

2日もいりゃ、この街の地理もボンヤリと分かる。
俺がいる「デタム通り」周辺には安宿、食堂、屋台、ネットカフェ、土産物屋、旅行代理店…
それらを欲する貧乏旅行者が集まってるもんで、何をするにも楽勝。
つまり、朝起きて屋台でメシ食ってバスチケットを入手して土産物屋を冷やかしてコーヒー飲んでネットして食堂でメシ食ってビール飲んで寝る。と言う1日の流れをダラっとこなすだけなら
5ドルぐらいで済んでしまう(バスチケット、ホテル代抜きで)
結局、ホーチミン滞在中はここ周辺からハズれる事はほぼ無かったので
「ホーチミン行ってきたぜ!」と言ってもオレがフラフラしていたのは半径500mにも満たない
極一部でしかないので、あしからず。


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やまない雨はないっ!のでホテルに戻る。
フロントでテレビを見てたナイトー氏に「鍵ちょーだい」と言うと
「お前のフレンドがもう部屋にいるよん」と返事。
ちなみにナイトーってのは本名じゃなくてオレの中で勝手に呼んでた名前。
高校の同級生の内藤に激似なだけ。
ヤモリがちろちろと蠢く階段を上り部屋に戻りM君と今後の旅の予定を話し合い
ひとまず明日はメコン河クルーズでもカマして、2日後にホーチミンを離れ
オレはバスでカンボジアの首都プノンペン。彼はバスでフエまで行く事に決定。


再びシンカフェに出向き、まずは翌日のメコンクルーズのチケットを楽勝で購入。1人15万ドン
メコンクルーズの予定を見ると、ホーチミンに帰ってくるのが夜との事。
今日のうちに明後日の各自のバスチケットもゲットしておこうと三たびシンカフェ。
M君のフエまでのオープンチケットを購入。いくらか聞くの忘れたが手元にあるシンカフェの
パンフレットには25万ドンと書いてあるわ。

オープンチケットってのは、例えば「東京〜福岡」のオープンチケットがあるとすると
途中の名古屋や大阪、京都、神戸なんかで降ろしてもらい1、2泊してから
次に来るオープンチケットバスに乗り込んで福岡まで行ってもいいよ。と言うような
ステキなチケットなワケ(説明ヘタでスマン)

M君はフエまで一気に行かず、ひとまずニャチャンに立ち寄るとの事。ムカウハウミダ!


続いてオレのチケットを探す番。シンカフェでもプノンペン行きのチケットを取り扱っていたが
さすがに3日連続で同じ旅行会社のバスってのも飽きる。
ここデタム通り周辺にゃ他にも格安チケットを取り扱っている店がわんさとあるので
一軒入っては「アイウォントゴートゥプノンペン!」「今日?明日?」「いや明後日!いくら?」「12ドル」「10ドルは?」「ノー。12ドルよ」「また来るね」それを繰り返す。
いくつめかの店で「バスはどこに停まんの?」と聞くと「この店の目の前よ。あれ!あれ!」と
道路を挟んで向こう側でエンジンを休ませていた大型バスを指さす。
どーやら、そんなにオンボロではなく快適な長距離移動が出来そうだ。
数ドル、数百円ケチった為に7時間も窮屈で不快な思いするよりかはイイかなーと考え
ここらへんの相場である(多分)12ドルで手を打つ。

対応してくれた姉ちゃんも良いヤツでオレのクサレ英語力でも分かるように丁寧に教えてくれた

「いい?7時半にバスが出発するから15分前にはこの店に来るのよ?」
「7時15分に来ればイイんでしょ?」
「そうよ。パスポートも忘れないでね」
「あいあい。コレは明日じゃなくて明後日のチケットだよね?」
「もちろんそうよ」
「あいあい。プノンペンのドコにバスは着くの?」
「オリンピックスタジアムらへんよ」
「オ、オリンピックスタジアム…?」
「(地図を持ってきて)ここ!分かったか豚娘!分かったら返事をしろ! 」
「サーッ!イエッサーッ!」
「ふざけるな!大声だせ!タマ落としたか!」
「サーッ!イエッサーッ!」
「じゃあ明後日の7時15分ね」
「オッケー!ありがと!」

途中、板尾の嫁とフルメタルジャケットのハートマン軍曹が混じってしまっているが
大体こんな感じ。親切な姉ちゃんにビガッ!


この国、この街にいれるのもあと1日半と言うリミットが出来ると
急にデタム通り以外もフラつきたくなる。MOTTAINAI!!
晩メシ食いに行きがてらファングーラオ通り、レロイ通り、グエンフエ通り、ハムギ通り…
名前の分からない路地から真っ暗な裏通りまで、ぐるぐるぐるぐる2人して闇雲に
ホーチミンをウォーキンウォーキン。街の音がオレを誘う!

ベンタイン市場近くの露店でノースフェイスのアウターが5000円ぐらいで売っていて
これからハノイに向けて北上するM君は買おうか迷っていた。
ここホーチミンは30度以上あるのに北部のハノイはまだ15度ぐらいしかないみたいだ。


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途中で出会ったプレステの類似品達。


2時間程、無目的でフラつきヘトヘトになり結局デタム通りに戻り晩メシ。
日本食もやってるようでM君は野菜炒めとみそ汁をチョイス。
オレは相も変わらずフライドライスウィズポーク(要するに炒飯みたいなもん)をビールと一緒に流し込んで250円也。

11時過ぎに小腹が空いてきたので「バインミー」っちゅうフランスパンのサンドイッチを買う為
デタム通りの屋台へ。1つ5000ドン(約30円)ウマー。

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オバちゃん!野菜いらないよ!オンリーハムで!

バインミーをガブっとカジりながら用もないのに通りを徘徊。
こんな時間でもまだまだ活気づいている。
多くの欧米人旅行者が屋台でビール片手にワーキャー騒いでいたり、バー内でビリヤードに興じていたりとそこら中でGET UP AND DANCE
屋台のオバちゃん達も仕事の合間に大声で談笑していて、幼い子供達が駆け回り
物乞いが手をかざし、クラクションとエンジン音と屋台のモーター音が鳴り響き
ニョクマムの魚臭さ、細長いタイ米(ベトナム米?)の臭い、フランスパンの臭い
雨上がりのアスファルトのマーガリンのような臭い、麗しのパープルヘイズの臭いに交じって
漂って来る甘い香りに鼻をヒクつかせ、匂いの震源地を探し出すと1軒のワッフル屋に辿り着く。
聞けば1枚2000ドン(12円ぐらい?)との事でしたので甘い物に目がないワタクシ2枚程購入。
ほくほく顔で帰路につく際にフラッシュバック!

この雑踏。喧噪。臭い。暑さ。なんだか分からないけど興奮するこの感じ。
言うなれば「この街の感覚」か?
これは太鼓の音もといアラレちゃん音頭に吸い寄せられて皆で群れ、屋台から漂う焼きそばの匂いに包まれて、かき氷片手にぎゃあぎゃあ騒いでは、屋台裏の暗闇に群れるおっかない先輩達を横目でチラリな蒸し暑い夜ダ・メモリー。夏祭りを思い出す。

なるほどですね。ここは毎日が夏祭りなんですね。どうりで浮かれるワケです。


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日本の夏祭りに体重計り屋はいませんでした。いませんでした。いませんでした。


ちなみにM君に「チャイナタウンで祭りやってた?」と聞くと「よくわからなかった」との事。
あすこも毎日祭りみたいなもんだからね。
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2008年04月07日

ASIAN PRIDE

朝6時半に起床。このホテルも寝心地よい。
朝食後、M君は「『今日チャイナタウンで祭りがある』ってバイタクのオッサンが言ってる」とチョロン地区へ遊びに行った。
あそこで祭り?昨日行ったけどそんな情報聞いてないし、準備もしてなかったぞ。まぁいいや。


オレは昨日M君が警察にお世話になっている間に、申し込んだクチトンネルツアーに参加。

申し込んだっつう程の大それた事は無い。
単純に旅行会社シンカフェに行ってツアーパンフレット見せて
「ちょっと、このクチトンネルツアーってやつ?明日行きたいんだけど」
「あいよ。じゃあ、ここにサインして」
「サインだけ?パスポートナンバーとかは?」
「いらねーよ。向こうのチケットカウンターで8万ドン(5ドル)払えや」
「明日の朝8:15にココにバス来るから。遅刻すんなよ」
そんな感じの英会話。ベリーイージー。


で8時にシンカフェ前に行くと、企画しているバスツアーのバスが
所狭しと縦列駐車中。ついでに2軒隣の旅行会社キムカフェや他のバスも。
メコンデルタ行き、ファンティエット行き、ニャチャン行き、カンボジア行き…
バスに乗り込む人の群れ。それを囲う物売りの群れ。

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ようやく探し当てた「CU CHI TUNNEL(1DAY)」と書かれたバスに乗り込む。
オレの座席は最後部座席のド真ん中。
急ブレーキしたら運転席まで転がってフロントガラスに突っ込んで死ぬ席だ。
おまけに5人席の真ん中(オレ)以外はニュージーランド男性4人組!
図で表記するとこんな感じ「○○●○○」黒いのがオレね。こいつはハイプレッシャー!
何故、敢えてセンターに日本人を放り込んだんだ?普通は「○○○○●」こうするだろ!

おまけにコイツら全員オールブラックス(世界最強NZラグビー代表チーム)並みのガタイ。
せっ席狭いッス!


出発して程なく隣のニュージーランド人が話しかけてくる(もち英語)
「日本人か?」
「そうだよ。あんたらは?」
「ニュージーランドさ。日本人なら『イワモト』って分かるか?」
「イワモト?」
「そう、イワモト」
何だ?イワモトって。イワモトイワモト…と呟くも何の事だかサッパリ。
するとキーウィ(あっ、NZ人の事ね)は質問の角度を変えてくる。
「イワモトってどんな意味だ?日本語で何て言うんだ?」
イワモトって日本語で何だだと?余計ワケがわからん。日本語じゃねーのか?
他にもこの謎の『イワモト』について聞かれたが、オノレの英語力では理解不能。
めんどくさくなったので

「イワモトは日本語で『こんにちわ』だよ」

自分で言っといて吹き出しそうになる程バカな返答。キーウィ「オー、コンニチワ。」と一言。
以来、彼らから声を掛けられる事は無かった。対NZ外交失敗であります。


その夜になって気づいた。彼らが言っていた『イワモト』とは
元サッカー日本代表でNZのクラブチームでもプレイした岩本テルの事に違いない!


2時間後、フロントガラスに突っ込む事も無くクチトンネルに到着。

クチトンネルってのは、ベトナム戦争中に北ベトナム軍ゲリラ(ベトコン)が掘ったトンネル。
防空壕みたいなもん?ノンノン。村と村を繋ぐトンネル内に食堂や会議室など揃えた地下3階建て総距離200kmにもなるとんでもねー難攻不落の秘密基地ですわ。
コレを発見出来なかった米国は周辺ジャングルに枯れ葉剤を巻き散らすも失敗。
その影響で奇形児がバンバン生まれてるのは周知の通り。


入場料1ドル払い、ツアー客45人ゾロゾロとガイドに付いて行って見学。
ガイドの説明はもちろん英語なので分かるハズもなく、最後尾で1人ふらふらしていると
後ろの別のツアーが追いついてくる。
こいつが幸運にも日本人団体客でガイドもモチのロン日本語。
こりゃ儲けもんだぜ。しれっと何食わぬ顔でそのツアーに紛れ込んでガイドの説明を堪能。


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トンネル内部の通路は死ぬ程狭い!
みんなで順々で入って行くもデブな欧米人達が「ダメだ!狭くて苦しい!死んじゃう!」と次々とリタイア。汗だくになって這い出てくる醜態を笑ってる最後尾のオレに
「ジャパニーズ!アイムファット!オレ無理だから先に行ってくれ!」と哀願。

まったく、だらしねーな。アイムニンジャってトコ見せてやんよ。
大人しくダイエットコーラでも飲んでろや。金髪豚野郎!(not小朝師匠)とトンネル内に突入。


うぬっ、こいつは予想以上にキツいかもしれん。
高さも幅も1mないぐらい?酸素も薄いし暑苦しい。おまけに真っ暗で出口がドコかも分からん。
まったく、こんな所でずっと暮らしてたなんてキチガイ沙汰としか思えない。
とゆーか良くこんなの作ったなー。ベトコンの根性は凄いな。
もし第二次大戦で日本でも本土決戦をしていたら、こんな風にトンネル作ってたんだろーか。あっ硫黄島じゃ実際作ってたな。

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続いて現れたのが射撃場。10発12ドルで撃たせてくれるとの事。ホテル1泊分か。
撃てるライフルのラインナップにあの「世界中で使われてる革命の証」
アブトマット・カラシニコフ通称AK47を発見!即12ドルをペイ!
前日20ドルでオンナを買うかずっと迷ってたのにこの有様。
所詮「オンナ<ライフル」って事かね。セックスピストルズ!(勢い)
掌にドサッと弾丸10発渡されて「あそこに並べ」と。これ大丈夫?この場で爆破とかしね?

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尖っ!こんなん当たったら、そら死ぬわ。


暴発した際の保険も無い、薬莢から身守るゴーグルもなけりゃ「構え!撃て!」の合図もない。
一応、耳当てだけは付けて引き金を引くと、右肩にぶん殴られたような衝撃。
ライフルの反動って凄いねー。
標的の下から土煙が立っているのが見える。もう少し上か?2発目ぶっぱなす。
すわわっ!反動で標準を合わす右目のコンタクトがずれる。
標的が見えないので辺り構わず無茶苦茶に乱射。うひょー。快感フレーズ!


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ビギナー丸出し。ちなみに左手の位置間違ってます。


昨日、博物館であれだけ戦争の恐ろしさを目にしながら
今日になったら金払ってまでライフル乱射するんだもんな。
「それはそれ、これはこれ」って事なんかなー。


帰りのバスに乗る直前、日本人の女の子に声を掛けられる。
「ひとりで来てるの?」「そうッス。1人すか?」「いや友達と2人で」
どーやらオレと同じバスだったらしい(フラフラしてて全然気づかなかったぜ)
ホーチミンに戻ったらメシでも誘おうかなーと淡い期待を胸に抱くも
ホーチミンに着くと同時に突然のスコール!
彼女達2人はバスから降りるとスグさま走ってスコールの中に消えて行ってしまった。
うーむ、残念。まぁウロウロしてればまた会えるだろう!



1人寂しくテキトーなカフェでバナナクレープとベトナムコーヒーの昼飯。
窓の外のスコールから逃げようと小走りするベトナム人女性。
雨に濡れて身体にまとわりつくアオザイからボディラインがくっきりと現れる姿を眺めていた。
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2008年03月30日

Atmosphere

アメ横を500倍強烈にした感じのベンタイン市場をフラフラ。
一歩踏み入れりゃ周囲360°の土産物屋から声が掛かる。「オニイサン、リーバイス、安イヨ!」
なんでベトナムくんだりまで来てリーバイス?
炎天下の中、黒ずんだ生ブタ肉が売買されていたり、通路でナマズが跳ねていたり
ヌックマム(魚を発酵させた調味料)の刺激的なオイニーとも混じり、なかなかカオティック。

そんな市場を後にしてホテルに戻ろうとすると、後ろから「どんだけー。」
またしても日本語で声を掛けられる。まったく英語もベトナム語も必要ねぇのか?
ついさっきボッたくられたにも関わらず、「オッサン、良く知ってるなー。何か用?」と
警戒心ゼロで話に乗っかる。オッサン大声で「おっぱいモミモミ行こうよ!」
もう少しマトモな誘い文句は無いのか!

でも考えようによっちゃ、異国の性風俗を見学するのも「文化交流」の一環でもある。
「(あくまでも文化的交流として)行きたーい!でも金ないよ!いくら?」
「20ドルね」「高っ!そんな金持ってないよ!」「日本より安いよ!」「確かに!」
しかし、友人がボッタクリの被害にあっているだろう(ほぼ100%確定)
この状況の中でテメェ1人でヌキに行ってると言うのは、どうも気が引ける。
結局ピンクなお店に行く事は遠慮したが、そのままオッサンとダラダラ立ち話。
オッサンは「私の名前はタムです。どんだけー」とハシャいでいた。
腹も減ってきたので追い払って帰ろうとすると、
タムが「お兄さんオモロイな。もっと話し聞かせてよ。コーヒー飲もうよ」と誘ってきたので
「コーヒー代ない!バイタク代もない!でも腹減ってるから、ウマくて安くてここから近いメシ屋に連れてけ!」とムチャぶり。
「どんだけー」と困りつつも、ホテルから5分ぐらいの所にある大衆食堂に連れて行ってくれる。


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店頭にオカズがズラーッと並んでいて「コレくれぃ!」と指さして後は
空いてる席に座って待ってりゃ選んだオカズと白米が出てくるっつう
サルでも出来る程簡単なので喋れなくても金さえあれば餓死する事はなさそうだ。
オカズは鶏肉、牛肉、豚肉、エビ、カニ、魚、野菜それぞれ焼いたり煮たり炒めたり揚げたり、まぁ種類豊富だこと。
その中からタムおすすめの川魚の煮付けをチョイス。こいつと白米と謎のスープ(温かいメロンみたいなのが入ってる)とで13000ドン(約80円)
腹一杯とはいかないがウメェ。コリャエエワー。とパクついてるオレの姿を眺めているだけの
タムにも1杯10円のベトナム茶をオゴってあげる。こいつもウマし。

食後、タムと『日本人とベトナム人のどっちの女がキレイか?』と徹底討論。

「ベトナム人おっぱいデカいね」
「いやいや日本人も負けてないよ」
「そう?でもベトナム人おっぱいデカいけど乳首小さい。キレイ」
「バカバカ。乳首は大きさが問題じゃないんだよ。色に決まってるだろ。
タムは乳首の気持ちを何も理解してない。乳首になって考えてみろ」

小一時間ほど汗ダクになりながら討論した後、
「ベトナム人の方がおっぱいは大きい。しかし、それはトップのサイズなだけであり
カップで表すならばCカップ以上は見込めない」と言ったかなり鋭い分析結果でガッチリ合意。
満足いくディスカッション後の一服は格別だ。
タムにあげるが「メンソール嫌い」と言ってフィルターを千切って吸う。ハードボイルド。
「ベトナムは一人っ子を推奨している」と言うタムには3人の子供がいる。
そして奥さんに逃げられている。ハードボイルド。


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日本人もベトナム人もイイけど欧米人が持つスキだらけなエロスも好きです。


そんなハードボイルドでドスケベなタムと別れ、ホテルに戻ると真っ青な顔のM君と遭遇。
聞けば、80万ドン(50ドル)とケータイを奪われたとの事。エライコッチャ!
すぐさま交番に駆け込むも、警察の連中ヤル気なさすぎ!
テレビを見てたり、将棋(のようなゲーム)に興じていたりとリアルこち亀の世界だぜ。
英和辞書を片手に「なんとかしてくれや!」と頼むものの
「ベトナム語喋れるヤツを連れて来い」の一点張りで追い返される。
釈然としないままホテルに戻る途中に日本語が喋れるベトナム人スタッフゥ〜が多い、とある旅行代理店を発見。すぐさま事情を説明し同行願います!

なんとか丸く収まり(まぁ金品は戻らないけど)盗難届はゲット。
これがあれば保険が効くみたい。ナルホドね。勉強になります。
屋台でビール(1ドル)かっくらって、午前1時就寝。長い長い1日もようやく終わり。


戦争証跡博物館で見た悲惨さを、この街では微塵も感じさせない。
土産物屋、屋台、バイタクの運転手、警察、コソ泥、みんなエネルギッシュ。でもダラける。でもエネルギッシュ。


■■■■■■■■■■■■■
1日の事書くのにエラい時間かかってしもうた。
次からは巻いていきます。
でも、しょーがねーじゃん。20時間も街フラフラしてりゃ、そりゃ色々あるわいや。
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2008年03月27日

So Much Trouble In The World

真っ赤な太陽がアメリカ空軍戦闘機を照らす。が、正直ちゃっちくてしょうがない。
隣には戦車やミサイルなどが青空のもと展示されているが、コイツらが本当に人を殺す為の物とは思えない程、血生臭さが感じられない。あらーここに来たのは失敗だったかしらん。
ミンに連れてこられた戦争証跡博物館の中庭でしばらく佇んだ後、館内に足を運ぶ。

「血生臭さが感じられない。」等とガキの戯言。全身全霊で撤回したい。

ベトナム戦争に関する展示物の血生臭さは凄まじい。
枯葉剤被害で生まれた奇形児のホルマリン漬けや写真、ベトナム戦争時にスパイ容疑で拷問された囚人の写真及びギロチンなどの拷問道具。エトセトラエトセトラ。
観光客はみんな真剣な眼差しで一点一点じっくりと鑑賞し
「戦争の愚かさ」みたいなものを噛み締めている。
そんな中、館内の端にちょこんと座っていた2人の女性係員のうち1人は机にひれ伏せて昼寝。
もう一人はドラえもんを読んでいた。お前らは高校時代のオレか。

ロバート・キャパ、沢田教一などベトナム戦争時に死亡した
外国人ジャーナリスト達が撮影した写真の展示に血が騒ぐ。
写真の裏側にはそれを撮っている人間がそこにいるって事だろ?
銃弾がバンバン飛び交う中よくこんなにもシャッター切れるもんだ。
写っているモノあるいはコトではなくて写している人に興味が沸くなー。

騒ぐ血を押さえつけ博物館を後にして、近くの屋台でミンにベトナムコーヒーをオゴってもらう。
コンデンスミルクが入っているのでアホ程甘い。でもウマい。
「あっ」と思った。向こうの水道水で作ったと思われる氷が入ってる。
こりゃあ、いきなり腹壊すかもしれんなー。と一瞬躊躇するものの、そんなんでウマいもんに
ありつけなくなるなんてクソクラエじゃい。
オレはきっと大丈夫!(根拠なし)念を押し、ちょえぇ!と飲み干した。

DSCF1565.jpg

コーヒーミルククレイジー!!


11時。別れ際にミンが「明日30ドルでメコン河をガイドしてあげるよ!」と誘ってくるが
丁重にお断りした。そんな金ないぜ!


約束の時間まであと1時間。ホテルを出た時はなかなか爽やかな朝だったのに
昼前になるとお天道様も本気を出してくるらしく、日向でジッとなんかしてられん。
ベトナム人の真似して日陰になっていたベンチに避難。

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ホテルでクスねたバナナでも食おうとバッグを開けてみりゃ
哀れバナナはバッグの中の荷物に挟まれ圧死。
吹き出したバナナの断片がバッグの中でズンドコズンドコ踊り回ったらしく
バッグの中がぬらぬらして気持ち悪ぃ。

うわっ、あんだよこれー。とブーブー言ってると
そこに「オニイサン!絵ハガキ!1ドル!」と絵ハガキ売りのオバちゃん登場。

「おばちゃん、絵はがきじゃなくてティッシュ持ってない?」
「絵ハガキ!1ドル!」
「いやだからティッシュ!ティッシュペーパー!」
「絵ハガキ!これホーチミン。キレイ。これハノイ…」
「うんうん、そうじゃなくてさ、コレ見てくれよ。手がベタベタなんだよ」
「アー、バナナー。」
「そう、バナナでさー。だからティッシュ持ってない?」
「それバナナ。これ絵ハガキ。1ドル。安イ!」
「ティッシュ!」

会話が成り立たない事に業を煮やしたオバちゃんは挨拶もなしに消えて行った。
同時にバッグのポケットにティッシュ入ってた事を思い出す。オバちゃん俺ティッシュ持ってたわ

その後もニャットと名乗るバイタクの運転手が「暑いね」と声を掛けてきたので
暇つぶしにホーチミンでの水、コーラ、タバコ、バイタク等の平均の値段を教えてもらう。
ニャットはバイクにも乗ってこないのにベラベラと話し続けるオレに
ちょっと迷惑そうな顔をしていたが関係ねえ。ここぞとばかりに質問攻め。
30分程立ち話をした所でニャット痺れを切らして
「ちょっと家でご飯食べてくるね」と名刺を残して帰って行った。サンキュー勉強になったぜ!


12時ジャストに無事にM君と再会。オレが泊まる所を探してると言うと、
自分が昨日泊まった部屋がツインベッドだから良かったらシェアしないか?とありがたい提案。
早速、昨日のホテルに荷物を取りに戻り(ちゃんと置いといてくれてた)
M君が泊まったゲストハウスに転がり込む。これで寝床は確保。
1泊22ドルを2人で折半して11ドル。
若干高いがその分サービスも良く、安宿街に建っているので色々と便利そう。
とゆーか昨日オレが泊まったホテルとレベル変わらんぞ。
あっちは60ドル(朝食込み)もしたのに。


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2人で昼食後「ホーチミン市博物館」に行ってみる。
石器時代から現代までのホーチミンの歴史が紹介されているが、どうも退屈してしまう。
次はドコ行きます?なんて、あーでもねーこーでもねーと迷ってるとシクロ(自転車タクシー)の兄ちゃんが英語で話しかけてくる。

「『歴史博物館』まで乗せてやるよ。金はいらないよ」

10000000%怪しかったが、どんぐらい危ない目に遭うのか試したくなり乗ってみる事に。
2台のシクロに2人別々に乗り込み「歴史博物館」を目指す。
バイタクと違って、のんびりしていて優雅な気分。20分程のそのそと進むと歴史博物館に到着。
シクロの運ちゃん達に「入り口で待ってるからまた後でな」と言われ、2人で歴史博物館の中へ。ここもホーチミン市博物館と似たり寄ったりな感じだったが
1時間程、館内をくまなく見て廻り外に出るとさっきのシクロの運ちゃん達が寄ってきて
「次は『ホーおじさん記念館』に連れて行ってやるよ。早く乗れ!」
正直、今日だけですでに博物館を3軒も廻ってるオレはお腹いっぱい。その事をM君に告げると「オレはオモロそうなんで見てきます。先にホテル戻ってて下さい」と言い残し
シクロに乗り込んで走り去って行った。

さて、だらだら歩いて戻るかなーと、シクロの運ちゃんにバイバイしようとすると
運ちゃんおもむろに一枚の紙を見せてくる。
見るとそれはシクロの料金表らしく「1HOUR=25000VND」の文字。1時間25万ドン!
しかも1時間半乗ってたから(乗ってはないがチャーターしてたから)
2時間分で50万ドン(約32ドル)よこせと運ちゃんは要求。

半端ねえ!ボラれると予想はしていたがこいつは予想以上だぜ。
バイタクは1時間3万ドンだから8倍もしやがる。
恐いもの見たさで乗り込んだオレにも責任はあるので
30ドルだけ払ってやった(今思えばバカ正直に払うなんて金持ち丸出しのアホだ)
これで快くしたのか運転手「ホテルに戻るんだろ?タダで乗せて行ってやるよ」と誘ってきた。
確かにココから歩いて行くのは時間かかりそうだなと
この誘いに甘え再びシクロで街の中心地まで戻る。ホテルがバレるのは厄介だったので
「ベンタイン市場」で降ろしてもらう。すかさず運ちゃん「もう5ドルくれ」
おいおい冗談じゃねーぞ。お前がタダって言ったんじゃねーか!
「イヤだよバーカ。サンキュー!アンド、ファッキュー!バイバイ」
笑顔で手を振って市場に逃げ込んだ。


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この分だとM君はとてつもない金額を要求されるんだろーなー。大丈夫か?
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2008年03月26日

TAKE THE FIRST STEP

午前5時からすでにホテルの外は昨夜のように喧しい。
まったくもってコイツら(ベトナム人)はいつになったら静かになるんだろうか?
ベランダに干しておいたTシャツはすっかり乾いていた。
乾いていたが排気ガスのせいでホコリまみれ、もう一度洗うハメに。
ここじゃ外に干すより風呂場に干した方がよさそうだ。

フロント横のレストランに降りて朝食バイキング。
黙々とパンとオレンジジュースを貪り食い、念のため非常食としてバナナを数本クスねといた。

12時まで、だいぶ時間があるのでホーチミンの街を歩きたいが
チェックアウトしちゃうとバックパックが邪魔になるしなー。どなんしよー。
と迷っていると隣でメシを食っていた日本人オバちゃん2人組がいたので
「午前中だけオレの荷物を預かってくれませんか?」とお願いすると
「荷物はカウンターで預かってもらえますよ!」とアドバイスされる。
そんな素敵なサービスがあるのか!姉さん事件です!
日本でもホテルなんぞに泊まった経験が皆無に等しいのでこう言った当たり前の事も知らんがな。ドラマ「ホテル」を見て予習しとくべきだったぜ!申し訳ございません!

「えーっと、アイウォントプットディスバッグ!イレブンオクロック!」
デタラメ英語でカウンターに佇むオッサンに頼むと
「あいあい、みなまで言わんでも分かるがな。預かるがな」と快諾してくれた
わーい、わーい。オレの英語が通じた!通じたよー!お母さーん!
ひとしきり、郷里の母に向けて叫んだ後、カメラやガイドブック、バナナを
小さいバッグにぶち込み外に出てみる事に。


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初夏のような爽やかな朝で歩くのも気持ちがイイ。暑い暑いと聞いていたが思ったより暑くもなく
ホテルから徒歩5分の所にある「サイゴン大教会」と「中央郵便局」を見に行ってみる。
どちらも19世紀フランス統治時代に作られたものらしくモダンな建物で、なかなか素敵やん。
建築フェチの小平が見たら、さぞかしプチョヘンザする事でしょう。


そのまま歩いて「戦争証跡博物館」っつう博物館まで行こうと道端で地図を拡げていると
「日本人!日本人!」とバイタク(バイクタクシーね)のオッサンが
声を掛けてきたので「そうだ!オレは日本人だ!日本語ウマイな!」と返すと
「私の奥さん日本人だからね!私も埼玉にいた!パチンコ作ってた!」と日本語ペラペラ。
奥さん(と思われる女性)との2ショット写真、日本人の名刺や『この人は信用出来ます』『楽しかった!』等と日本語の推薦文が書かれたノートを見せられ
「1時間3ドルで街を案内するよ!」
『こう言った輩は無視に限る』とガイドブックには書かれてあった
怪しいヤツの典型的なタイプだがオモロそう(そして危なそう)だったので
「11時までヒマだから4時間で10ドルにしてくれ!あとサンダル買いたいわ!」とライドオン。


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バイタクのオッサンはミンと名乗った。
ミンのケツに乗って朝のホーチミンをドライブ。これ快適なり。是快適也。
「何あのデカい建物?」「あれは病院」「あれは?」「あれも病院」「あれも?」「うん、病院」
ホーチミンは病院だらけ。
他にはベトナム語や英語、フランス語に混じり韓国語の看板も目につく。
ベトナム戦争時に韓国軍が投入された余波がまだまだあるようで。
15分程走ると町中の看板は漢字だらけに。チョロン地区と言うチャイナタウンに到着。
「こっち!こっち!」とミンに呼ばれ、チョロンの中心地である「ビンタイ市場」内部に潜入。
アイヤー。チャイニーズだらけアルヨ。
スリ対策として念のためバッグは背中じゃなくて体の正面で背負う(おかしな日本語だ)

「ベトナムコーヒー飲んだ?」
「飲んでない」
「おいしいよ」
「じゃあ、オゴってよ」
「この店でお土産にコーヒー豆買いなよ。安い!」
「豆じゃなくて今飲みたい」
「これは?ジッポ!安い!」
「持ってる(100円ライターを)」
「これ!軍隊のヘルメット!珍しい!」
「かぶってる(お前のバイクのを)」
「これ!ブーツ!」
「ブーツじゃなくてオレが欲しいのはサンダルだっつーの」

結局、ビンタイ市場ではサンダルの卸売りしかやっていないらしく、そそくさと退散。
近くの路上でおばあちゃんが売っていた「ティンバーランド」と「ドクターマーチン」と書かれた死ぬ程ダサいサンダルを「これ一番人気!軽い!かっこいい!」と勧められ
15万ドン(約900円)で購入!絶対ボラれてるぜ!

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余談だが、これを履いて公園でボケーッとしている時、若い兄ちゃん達が寄ってきて
「そのサンダル超かっけーじゃん!」と羨ましがられた。


その場でスニーカーからサンダルに履き替える。
おっ、身体が軽くなったぜ。
先日の夜から溜め込んでいた「異国の地に舞い降りた」緊張感と疲労感も脱ぎ捨てれた感じ。
よっしゃよっしゃ、ミンちゃん次行こうぜ!次!ババアが運転してるバイクなんかに抜かれるじゃねーよ!セーフティドライブなんか気にすんな。セーフティセカンドだろ?安全第二だろ?
ガンガン行こうぜ!オフェンス7のディフェンス3じゃい。

サンダルひとつ身に付けただけで、こうも開放的そして刹那的になれるとは単純なもんだ。

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2008年03月19日

Everything Happens To Me

「あのー、隣座ってもイイすか?ヒマしちゃってて…」

ホーチミンに向かう飛行機内、機内食を平らげ
「う〜トイレトイレ」とトイレを求めて全力疾走していた。
ふと見るとひとつ後ろの座席に一人の若い男が座っている。
「ウホッ!いい男…」とは思わなかったが、
その姿はバンコクの空港で何度か擦れ違った日本人だと言う事を思い出し
無謀にも声をかけてみると「あぁ…はい。」少々、困惑しながらも席を空けてくれた。

彼の名前はM君。
某大学4年生で卒業旅行として1人で2週間かけてベトナムを縦断するつもりで来たらしい。
これまでもタイやバングラディッシュ、ロシアなどに行った事があるので
一人旅童貞のオレからすればチョコボーイ山口なみの大先輩だ。
ついでにオレがオレンジの靴を履いていたが、ゲイではない事も理解してくれた所で
午後9時ベトナムはホーチミンに到着。


ホーチミン空港は驚く程ひっそりとしている。
始発前のホームのような感じで、勝手に予想していた「東南アジア」の姿は見当たらんかった。
社会主義国家だからなのか?いや単に平日の夜だからなのか?

「何日ベトナムにいる?」「1週間」「オッケー」と簡単な(そして無愛想な)入国審査を済まし
機内に預けていたバックパックを担ぎ、両替所へ。
「えーっと、1ドルが大体16000ドンだから、20ドル交換すると…320000ドンか」
まったくゼロが多過ぎて頭がパッパラパーになる。
おまけに10万ドン紙幣、5万ドン紙幣、1万ドン紙幣、5000ドン紙幣、5000ドン硬貨、2000ドン紙幣、2000ドン硬貨と、バランス良く交換してもらったはイイが、デザインが2種類ずつあったり、紙幣全てにホー・チ・ミン(簡単に説明するとベトナムを統一&独立に導いた偉い人)が描かれているので一瞬では見分けがつかない。

M君もオレもほぼノープランでベトナムに舞い降りたが
オレは1泊目のホテルは予約しておいた事を彼に告げると
隣で数百ドル両替し膨大なドン紙幣を渡され、ひーひー言いながら金額が正しいか確認しながら
「宿決めてないので、とりあえず安宿街行って探します」と言うので、
オレが予約したホテルと安宿街の中間地点かつホーチミン市内の中心地である「ベンタイン市場」までタクシーで一緒に行く事にする。
タクシーチケットカウンターにいる女性に「市内までタクシー1台」と頼むと「8ドル」
あれ?地球の歩き方には5ドルって書いてあっぞ。
「5ドルじゃないんデスカ?」「8ドル」その強気っぷりにビビってしまい
2人で4ドルずつ折半。まぁ1人で5ドルよかイイだろうと思うようにした。


タクシーで市内に向けて走り出す。
どうやら、ひっそりとしていたのは空港内だけのようだ。
噂通り恐るべき数のバイクが道路を縦横無尽に走り回っている。
信号の数も少なく車線もないので、みんなバカみたいにクラクションを鳴らしまくり。
とにかく「世界一やかましい街」と言うのは案外ハズレてはないかも。
ベンタイン市場前で降ろしてもらうと、辺り一面には屋台や露店が広がっていて
「オニイサン、Tシャツ!安イ!」「ゴハン、食ベテ!ウマイ!」と
あっちゃこっちゃから掛けられる声とバイクのエンジン音とクラクションに掻き消されながら
M君と「明日またメシでも食いましょう。じゃあ12時にココで!」と約束して別れた。


バックパックが肩に食い込む。パーカーなんて着てたもんだから暑くてしょうがない。
汗ダクになりクルマに轢かれそうになりながら10分程歩き
予約していたホテルに無事にチェックイン。明日の朝メシは6時からとの事。部屋に入り即座に荷解き、風呂、洗濯。「うーむ、ついに来てしまったな」なんぞボヤきながら一服。
興奮を抑えつつ、午前1時就寝。外はまだまだクラクションが鳴り響いていた。





まじでこんなんだぞ。
こんなとこをバイクの隙間見つけて道路横断するんだから危なくてしょーがねー。と思うけど
慣れると、こいつはまったく問題にならん。
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2008年03月14日

RUDIE CAN'T FAIL

会社を辞めてからと言うもの会う人間皆に「で、どーすんの?」と聞かれ
「えーっと、旅行しますわ!しかも海外!一人で!」なんぞクチからデマカセ。
ハッタリきかせまくって、のらりくらり過ごしてるうちに
「まだ行ってねーのか?」と口撃される事数回。
いよいよコレ本当に行かないとマイトガイの名が恥ちまうぜ。
よっこいしょーいちっと重たい腰を上げてみるも、ここではて困った。
元来「口は軽いが腰は重たい。」と言う体でここまで生きてきたので
旅行の始め方がサッパリ分からん。
チケットは?パスポートっていくら?ビザってなに?
荷物ってどれぐらい?泊まる所は?つーか金いくらかかるの?

ちょっくら調査じゃい。とカチ込んだ旅行代理店で接客して頂いた人が
偶然にもキダの同級生と言う奇跡的展開。
「それじゃあ頼まー」とその人に航空チケットなど色々と世話になり
昨年1ヶ月かけてオーストラリアをぶらぶらと半周したANIとその旅路の途中で知り合い
現在は東南アジアをうろうろしているANIの友人たちから色々と情報を仕入れた。
また周りの悪友たちからは「ヤバくなったら金を渡せ。ジャパンマネーはベリーストロングだ」「安全!安全!三千円!」「待ってるから。大好きな松月が待ってるから」
「大麻はケツに入れて持って帰って来い」と言う心強いアドバイスも頂いた。
にもかかわらず、どーにもこーにもテンションがアガらないでいた。
「デカめのバックパック背負って、真夏の異国の地を一人でうろうろする」
なんてのがあまりにも現実離れしてるせいだろうか。
猿岩石日記を読み返しては「うーむ。面倒くさそうだなー」なんて人ごとのように考え
結局また松田家にて朝までファミコン。
スーパーマリオブラザーズの完全攻略に挑む日々を幾日か過ごした後
気がつくとオレは成田空港に立っていた。(前置きが長過ぎた)

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もう、こうなったら出たとこ勝負じゃい。頭カラッポの方が夢詰め込めるぜ!
いきなりワケのワカラナイ状況に巻き込まれて行く事に期待して、いざ離陸。
離陸する際にCDプレイヤーから流れたのは「君を乗せて」だ。
マズイ泣きそうだ。凄まじい選曲だ。さすがオレだ。
テメーの涙腺ポイントをしっかり押さえてる。

タイ航空機TG641便は快調にバンコクを目指す。
そんな中、上空1万mでひねり出したウンチョスは、大層立派な一本糞であった。
「あぁ、この先こんな立派なクソはお目にかかれないだろうな」と考えると流すのも躊躇。
「せめて写真に」と思うもうっかりカメラを座席に忘れしまい、泣く泣くレバーを捻ると
「コォォォォォ……カッ!」と言う不気味な音と共に我が糞は滅却されたし。

しかしまぁ飛行機の中ってメシ食う以外する事ねーな。ヒマでしょーがない。
座席に付いてるモニターをいじってたら知らぬ間にゲームモードになってしまった。
何だかスーパーマリオブラザーズが出来るみたいだ。
まさか、こんなところで再会するとわ。松田家でのリベンジやで。と没頭するが完全攻略出来ず。無事に帰国したらリ・リベンジ!
しかし最近の飛行機って便利ね。ヒマにならんぜ。

そうこうしてるうちに無事にタイ・バンコクに到着。
ここでベトナム・ホーチミン行きの飛行機に乗り換えるのだが
乗り換えの飛行機の搭乗まで約3時間待機。
腹が減ったのでメシでも食って落ち着こうかね。と小洒落たカフェのメニューを見て愕然。
メニューは全てタイの通貨「バーツ」表示。
こっちはドルしか持ってねぇっつーの。両替所はあるが1ドル何バーツか分からんつーの。
どこかにバーツ以外使える店は無いのか!と空港内をうろうろするが、この空港がデケェのなんのって。途中でうろうろするのも諦めて
「もうこのままベトナムにも着かず、タイで餓死するか」と決意して通路に座り込み、ただただ搭乗時間が来るのをじっと待つ。
しかしまぁこの空港、アジアを旅するのに拠点になるだけはあって(欧州からバンコクで乗り換えてインドや日本に行くヤツらが多い)白人黒人黄色人、アングロサクソン、ラテン、アラブ…色んな外人さんがいるわ。オレもここじゃ外人だが。

DSCF1530_web.jpg

こんな感じでイスラム教徒がお祈りする為の部屋とかも用意されてる(成田にもあんのかね?)
ちょろっと中を覗いたら祈るどころかイスラム教徒みんな昼寝してたが。


空腹と疲労でふらふらになりながらホーチミン行きの飛行機に搭乗。
直後に出された機内食によって一命を取り留めたものの
「空港でドルも使えたんじゃねーの?やっぱり店員に聞くべきだったんじゃねーの?こんなとこでつまずいてたんじゃ一人旅なんて出来んのか?」と
自問自答を繰り返すオレを乗せたタイ航空TG686便はベトナムを目指し夜間飛行を続けていた。
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2008年03月11日

前口上

ぼーくがたびーにでるりゆーはぁー、だーいたいひゃっこくらいあってー。

と、くるりは唄っている。

果たして、オレは100こもあるかね?と仕事もヤメてしまい
ヒマを持て余す思考回路を駆けずり回って数えてみるも
途中でアホらしくなって、そいつもヤメだ。

結局行き着く先の理由はひとつ。
「それはただの気分さ!」
イエー。FISHMANS最高。


ほんのちょっとの間、日本を離れて一人でよちよちと歩いてみた。
その事をつらつらと書いてみようと思う。
それって、なんだかブログっぽくなくなくなくない?

「映像表現解放戦線」だなんて大それた名前のここも2年近く放置してたなー。
その間に本家サイトもサーバのサービス停止に伴い消滅!
QSR本体も空中分解中!

もう映像から随分と離れてしまってるけど、ひとまず個人的に使わせてもらうぜ!


とりあえず下記のマップを頭にぶち込んで今後は読んで頂きたい。

map_web.jpg



帰国して5日経つが、腹の調子がまだ完治しとらん。
大腸はまだあのクソ熱い日々を忘れさせてくれないみたいだ。

posted by thes at 21:28| Comment(0) | leisure | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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